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事実は小説より奇なり、なんて言葉もあるが、こんな体験を味わうのは、もう二度とごめんだ、と言いたいけれど、そもそも俺たちに今後なんてあるんだろうか。ここは雪山の、見知らぬ山小屋。そう俺たちは今、雪山で遭難して救助を待っている状態だ。遭難した時点で死を覚悟していたんだが、猛吹雪の中、偶然見つけた山小屋には誰もおらず、俺たちはぴったりと身体を寄せ合いながら連絡さえも取れず、来る保証もない救助をひたすら待ち続けている。
ことの始まりは、彼女からの「スキーに行かない」という誘いだった。スキー好きの彼女は毎年、スキー場近くのペンションを利用して友達数人とスキー旅行をしていた。彼女が俺を誘うのは初めてのことで、今まで俺の超インドアな性格を気遣ってくれていたのは知ってる。こんな性格もあって、スキーに行くこと自体に気乗りはしなかったが、彼女から誘われずにいることに寂しさも感じていたので、やはり嬉しい気持ちも大きく、俺はふたつ返事で了承した。
それがまさかこんな結果になるなんて……。
山小屋に暖を取るものはなく、俺たちは身体を近付けることしかお互いを温める手段がなかった。
「ごめん」
と俺の耳もとで彼女の謝る声は震えていた。唇が青紫に変色するほどの寒さのせいもあっただろうが、何よりも申し訳なさに満ちていた。
「なんで謝るんだよ……」
「だって……私がコース外に逸れちゃったから、こうなったわけだし。そもそも私が誘わけなれば」
「わざとじゃないんだから、気に病む必要はないよ」
滑っている際中、突然の吹雪に見舞われ、俺たちはコース外の立ち入り禁止区域に入ってしまい、そのまま遭難してしまったのだ。どっちが先にその区域に入ったのかなんて責め合うものではないはずだが、彼女は、慣れから来る油断のあった自分が原因、と責任を感じているようだった。
遭難した時点で俺は死を覚悟していた。いつまでも吹雪は止まず、スキー用具は途中で捨て、俺たちは相手だけを見失わないようにしながらとにかく歩いたが、視界が悪く、何もない世界にふたりだけが取り残されたような感覚を抱いていた。歩いている先が正しいのかも分からない中で山小屋を見つけたのは奇跡みたいなものだが、幸運だと感じたのは一瞬だけだった。
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