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「じゃあ俺の真似してみてね。俺が前に進んだら、まつりちゃんは後退。俺が退がったら、まつりちゃんが進めばいいの。簡単でしょ?」
簡単でしょと言われても、意味が分からない。それよりも、手が。
「あの……手はずっと繋いでいるものなんですか?」
おずおずとそう聞くと、蓮見先輩は少し不思議な顔をした。
「そうだよ、踊っているときは――」
答えながら、突然はっと目を丸くする。
「ああ――そうだよねぇ。びっくりさせちゃった? 麻痺してんだよね、俺たち。そういや俺も最初、突然美人な先輩に手を握られて、美人局かよこれは、って思った! 騙されてんのかなって」
蓮見先輩は懐かしそうに目を細め、それでも手は離さない。
「すぐに慣れるよ、まつりちゃんも。ここ、ちょっと特殊な世界だけど――」
そしてようやく私は理解した。
この人たちは、好きだから手を繋ぐんじゃなくて、踊るために手を繋ぐんだ。
「きっとすぐに、ダンスにはまるよ」
蓮見先輩が右足を出す。私が左足を引く。蓮見先輩が左足を出す。私が右足を引く。
「そうそう、上手! 覚えが早いね!」
おだてられて、もう有頂天になっている。蓮見先輩が繋いだ手で私の身体を導いてくれている感覚がする。勝手に身体が動くような。
「そうそう、そこで左手をぱっと開く! 上手! 完璧!」
自分でも踊れているような気がする。言われた通りに動いているだけなのに。
「ごめんね、俺モダン人だからさ。ルンバは教えるの下手くそなんだよね。まつりちゃんは小柄だから、ラテンに向いてるかも」
知らない単語が次々飛び出す。きょとんとする私に、蓮見先輩は慌てて説明する。
「モダンっていうのはね、ワルツとかタンゴとか、お城の舞踏会で踊るようなやつ。スタンダードとも言うけれど、俺はそっちが専門なの。ラテンはお色気お兄さんとお姉さんが絡み合って踊るやつ」
そうか、じゃあ私がさっき心を奪われたシンデレラとツバメ王子は、モダン人という人種なのか。蓮見先輩はそっちが専門。でも私は背が低いから、お色気向き――どういうこと?
「でも蓮見先輩は、ラテンじゃないんですね。あんまり――」
背が高くないのに、と言いかけて、慌てて口を閉じる。これを男の人に言うのは失礼というもんだろう。
すると蓮見先輩は、私が呑み込んだ言葉を悟ってしまったらしく、まつりちゃんは正直者だなぁ、と吹き出した。
「さっきのデモ、見てくれた? 俺、踊ったんだけど」
――踊ってた? 驚いて顔を上げる。こんな人、いたっけ?
そう思った瞬間、雷に打たれたように私は気づいた。
目の前にいるこの方は、ものすごいスピードで踊っていた、あのツバメの王子様だ。
髪が濡れているのは、あのオールバックを直したせいだったのか。
「小さくても、戦い方はあるからね。もちろん、不利なのは変わらないけど」
舞台の上では、もっとずっと大きく見えたのだ。まさに威風堂々、あの空間を支配しているようで、王子様というより本当は――王様みたいだった。
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