0人が本棚に入れています
本棚に追加
「人の振り見て我が振り直せ」
って言うじゃないですか。
とっても素敵な言葉ですよね。
人の良い所は存分に見倣え。
人の悪い所は指摘する前に、自分にもそういう所無いのか、よく考えてみろと。
めちゃくちゃ大事です。
なのですが。
これがとても、とても重い足枷になるんです。
人の悪い所をひとつ見つけると、その分、自分が意識しなければいけない事がひとつ増える。
人の良い所は真似出来ない癖に、悪い所は真似ないように振る舞う事が出来る。なので、全然、なーんにも出来なくなるんです。
自分が、嫌いだなぁって思う人が脳内で飽和しています。
勿論好きだなぁって人も沢山いるのに。
ああはなりなくないなぁ。などという事ばっかり考えてしまうんです。
子供の頃から、私はそういう人間でした。
最近、それが自分の頭のキャパシティを超えてしまっているように感じます。
なんにも感じないんです。好きも嫌いも。
だから私は掃除をすることにしました。今まで会った嫌いな人の記憶を、全部消そうと思いました。
「ここは初めてですか?」
目の前にいる眼鏡をかけた、真面目だけが取り柄で、優柔不断そうな、見た目だけはいかにもな『 お医者さん』が私に語りかけます。
「はい、今までも存在は存じ上げていたのですが…。」
「そうですか。それではここに署名をお願いします。特に副作用などはよく読んでからサインをお願いしますね。」
そう言うと、眼鏡のお医者さんは、私に文字がびっしりと詰まったA4用紙を渡してくれました。
こういうのは、よく読んでおかなくてはいけません。よく読まずに、後から訴訟だの言う人は一番格好悪いですから。
この紙に書いてある事は全部読みました。まぁ、要するに何が起こっても責任は負えないという事でした。
そりゃそうですよね。
こんな所に来るのは、よっぽど変わった方だけだと聞きましたし。
「読みました。全部。お願いします。」
「本当に良いのですか?」
「はい。私の嫌いな人に関する記憶、全部消して下さい。」
これが成功したら、私は暫くは気持ち良く、何も気にせずに生活出来ます。
失敗しても、まぁ、死んでも別にいいかな、なんて思っています。
どちらにしろ楽になれますし。
「分かりました。それでは、はじめますね。」
「お願いします。」
麻酔を打たれて、ゆっくり沈んでいく感覚が私を襲うのが分かりました。今、私は人生で1番幸せかもしれません。
最初のコメントを投稿しよう!