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職場のデスクで肩を下ろすと、背面の窓から町並みを見下ろした。窓ガラスに映る口髭の男は警官のバッジが胸元でキラリと光る。
視線の先では霧がかった路地を濡れることも構わず歩く紳士淑女達。
その合間を鹿撃ち帽が何人も駆け抜ける。
昨夜某屋敷に盗みに入ったという怪盗の記事を書くためか、はたまた三ヶ月もの長い間この霧の都を震撼させた凶悪犯を見事捕まえた名探偵の話か...
思わず男は眉間に縦皺を作り鼻の下に伸びる威厳という名の口髭を二本の指の腹で撫でた。
世間は怪盗ルツと名探偵アルフォード=ブルースの話題で持ちきりだ。
数々の難事件を解決したアルフォードは子供達の英雄で彼を真似た鹿撃ち帽に虫眼鏡は子供達なら必須アイテム、持っていない者は彼の年老いた執事セバスチャン役という始末。
彼が頭脳明晰で実績もあるのは認める。
だがしかし、それを彼だけとの手柄というのはどうだろう。
我々警察がいち早く駆けつけ、捜査をし、その証拠があってこその推理であろう。
彼は犯人を当てることは出来るかもしれないが、逮捕は出来ない。
探し当て、捕まえるのは我々だ。
...けして僻みではない。事実だ。
更に言えば、もう一人のまるで英雄のように国民に好かれているあのコソドロ。
怪盗ルツ。
この名も名付けたのは国民だった。
こいつに関しては腹立たしい。
人様の家に無断で押し入り、金目のものを奪っていくたかがコソドロが何故英雄扱いされているのか。
その理由は国民の貧富の差に他ならない。
金持ちが金を盗まれ、項垂れる様は貧しい者には ざまあみろ と笑えるネタだ。
ただでさえゴシップに飢えた民衆には確かに華麗に警察の目を掻い潜り物を盗む手口はこれまた魅力なのかもしれないが。
しかし犯罪者を英雄にする意味がわからん。
先程の遊びは主に富裕層。
貧困層ではもっぱら怪盗ルツが人気だ。
証拠という証拠は何一つ残さないこのコソドロは唯一現場に手紙を残す。親愛なる友へ手紙を送るがごとく、中身はなく封筒には宛名のみの不自然な物だ。
そして、ここで彼か彼女かも分からん奴に名が与えられた。
ルツ。
ユダヤ教における『友』という名が
汗水垂らし、寝る間も惜しみ働いている警察は まぬけ と言われ、悪態をつかれても今日も必死に働いている。
聞き取りに行けども英雄扱いされた彼の情報は皆無。根も葉もない噂に翻弄される。
この町を守っているのはいったい誰なのか
国民達は二人の英雄に騙されている
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