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その足でアパートへと帰る。
チョークで石畳に何やら線を書きながら子供達は遊んでいる。
「さあ、この謎を解いてみろ!」
「このアルフォード=ブルースに解けない謎は無い!」
高笑いをしながら子供はよくわからない線を書き足しながら探偵ごっこを続けている。
「さぁ正体を見せろ怪盗ルツ!」
そんな声を聞き流しながらチャーリー・アダムはドアを開けた。
妻のいない部屋。
ドアの鈴の音は虚しく部屋に響く。
ため息をつきながら、リビングに足を向ける。そこは朝とは違う、人の気配があった。
床に散らかった服やら洗濯物は綺麗にしまわれている。洗い忘れた食器も片付けられていた。
「アメリア…」
思わず飛び出して、先程すれ違った子供達に詰め寄った。
「君達はずっとここにいたかい」
「...」
顔を見合わせ にやり と笑う子供達に睨みを利かせながらチップを渡す。
「いたよ!」
「あのアパートから女の人は出てきたかい?」
子供達は にやり と笑う。
仕方なしにため息混じりにチップを渡す。
「出てきたよ!」
「どんな人だった、どこに行った?」
そう勢いよく聞いて、子供の笑顔に紛糾しそうになるが、ぷるぷると震える拳を子供の前に差し出した。
歯を見せそれに手を伸ばす子供の頭上にチップを掲げる。
「これで最後だ」
「分かったよ、若いご婦人ってやつ。」
そう言い指差す少年に礼を言いながら路地に入っていった。
結論から言うとアメリアはおろか目ぼしい人物はいなかった。
日が暮れるまで近所を捜索したが妻の姿はやはり無かった。
子供達の言葉を鵜呑みにしたのが悪かったか、いや何より自分の聞き方に問題があったかもしれない。
女性の特徴をしっかり聞くべきだった。
いつ頃見たのかも。
こういう落ち度が杜撰な捜査と言われるのだ。
猛省しながら誰もいない部屋へと帰る。
妻がいなくなってから荒れ果てていた部屋が綺麗に整えられ、虚しさが増す。
自分一人の部屋には広すぎている。
散らかした服で隙間風を凌いでいたのに、これでは余計に妻が恋しくなってしまう。
落ち着かない心持ちをなんとか暖めようとチャーリー・アダムは暖炉に木をくべ、火をつける。
細く心細い煙が立ち上がると赤い火種は乾いた薪へと移っていった。
着替えるのも面倒になり、制服を脱ぐとソファに掛けた。昔の自分ならけして出来ない行動だ。
警察官として、自分は誇りを持っていた。
警察官になると言った時は祖父も祖母もあまりいい顔はしなかったし、父親に関しては何も言わなかった。
それでも、自分は守るものを守れる警官になろうと、市民の期待に応えられる立派な英雄になろうと努力してきた。
警官は正義を守るもの、市民を守るもの。
いかなるときも駆けつけ、乱れた姿勢など見せるなと自分を律してきたというのに。
妻がこれ程までに大きな存在になろうとは
ジンをグラスに入れ、傾ける。
グラス越しに見る天井は海の底に沈んだ幽霊船のように板目が揺れている。
「まさか媚薬など入れられていたとは」
思いがけない事実に目の前にある酒をじっと見つめる。
それほどまでに自分との子供を欲していたとは気付かなかった。
なんと情けない夫だろう。
三年も同じ屋根の下共にいたというのに、自分は妻の事を何も知らなかったのだ。
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