警部チャーリー・アダムの鬱積

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霧の都から汽車で三時間ほど。 郊外の小さなこの村は都のような近代的な雰囲気は無い。 街灯もなく煉瓦の道は駅周辺のみで、駅から離れれば離れる程、人よりも牛や羊が目立つ農村だった。 黄金色に光るはぜ道をしばらく馬車に揺られると村外れの教会についた。 すっかり寂れているが天窓のステンドグラスが色とりどりの光を注いでいた。 「やあ、君か」 目の前には都一の頭脳を持つと囃し立てられる名探偵。 「アルフォード、貴様に話がある」 「奥方は一緒じゃないのかい」 ズラリと両端に並ぶ長椅子の真ん中をカツカツと踵を鳴らしながら歩いていく。 そして講台の前に立つ神父のような男に昨夜の手紙を突きつけた。 「惚けるな、妻は貴様が誘拐したのだろう」 アルフォードは額に手を当て、首を振った。 「君のその能天気な脳みそにはつくづく頭が下がるよ。」 そう言うとアルフォードは天窓を見上げる。 聖母マリアに子供が抱かれた絵は鮮やかに彼の姿を照らしていた。 「この教会に一人の女性がやってきてね。 ある告白をしたんだ」 「何の話だ」 手紙を握りしめ叫んだ声が木霊する。 が、彼は気にも止めずに話を続けた。 「自分が弟を撃った と」 その言葉に動きを止める。アルフォードは笑みを含みながら講壇を降りた。 「今から五十年程前の事だ。罪に絶えかね彼女はここの神父に告白し、それから全うに生きようと孤児院を作った。 それが手繋ぎの木と呼ばれる施設だった」 「五十年前...だと」 「そう。彼女の名はニア・ベクター」 その名を自分はよく知っている。 いや、我が家の者でその名を知らぬ者はいないだろう。 ニア・ベクター 彼女は警察の信頼を削ぎ落としたあの忌まわしい事件の容疑者で、私の父が逮捕し、無罪放免になった人物だった。 「..憎いかい?」 思わず寄せた眉間の皺にアルフォードは言う。そんなものでは足りないくらいだ。 彼女を逮捕した父の苦痛が誰に分かるというのか。 捕まえなければ無能と責め立てるくせに、捕まえれば人でなしと責め立てられた。 優しい母はその仕打ちに絶えきれず、信念を突き通した父を信じきれず、自ら死を選んだのだ。 歯軋りでなんとか怒鳴り散らすのを封じるがその目には憎しみの炎が宿り、目の前の男を睨み付けていた。 「残念ながら母はもう死んでしまったよ」 「...母だと」 「僕らにとっては彼女は母親だからね。 僕やアメリア、その他の子供達…」 なぜこの男はこんな話をするのか。 苛立ちを押さえきれずに拳で空を切る。 「罪を償ったとは言わせんぞ!彼女は人殺しだ!私の母の命を奪った、父から生き甲斐を、名誉も全て奪ったんだ!」 「奪ったのは母ではなく民衆だろう」 自分とは反対に冷ややかな目をしたアルフォードに目を見張る。 この男は何がしたいのだ。 「...僕たちはこの国の未来を案じているんだ。子供達の将来を、金の有り無し、家柄なんてくだらないものに縛られた国民の未来を」 コツコツ と足跡を鳴らしながら彼は目の前に歩み寄ると小さな箱を手渡した。 アメリアのオルゴールだった。 「...もう君は分かっているのだろう。 選ぶのは彼女に託された君だ。僕は行くよ」 「待て。話はまだ…」 すれ違うアルフォードは封筒を一枚胸ポケットに差し込んだ。 「次に会うのを楽しみにしているよ」 そう言うと教会の扉は勝手に開いた。執事のセバスチャンが頭を下げ、主を馬車へと導く アルフォードが渡した封筒には汽車の切符が入っていた。向かう場所は彼の屋敷とは正反対の名前も知らぬ駅だった。
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