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「まだいたのかね」
背後から声が聞こえ、窓に映る男性を見やる
ふっくらと膨らむ腹部に制服のボタンが今にも悲鳴を上げそうなふくよかな初老の男。
通称ゆで卵署長
上司をこんな風にいうのは些か憚れるが、
この署長は記者たちの前に立つと緊張し、物が上手く言えない。
記者たちは新たな情報を求め矢継ぎ早にまくしたてる。するとこの男は沸騰したゆで卵のように体を震えさせ、怒りに顔を赤くし罵声にも似た言動を記者に向け話し出す。
そうしてついた二つ名が
『ソフト・ボイルド・エッグ』
話を聞きたくば沸騰させること無く穏便に
頭はゆるゆる口が軽い。
挙げ句、敢えて伏している情報まで話してしまうしまつに自分も頭を悩ませている。
斯く言う自分はソルジャー。
細長いトースト呼ばわりだ。
「お疲れ様です。署長」
振り返り 直ぐ様 敬礼をする。
汗ばみ蒸し暑い顔をハンカチで拭き取ると
ゆで卵のような顔を横にし、あえて尻目で睨んできた。
「今度はちゃんと捕まえてくれよ。
お前達現場がしっかりしてくれないとわしの立場がないんだ。毎度毎度あの鹿狩りの連中に指を差され笑い者にされるのはわしなんだからな」
「..申し訳ありません。しかし」
「それと、無駄にいるぐらいなら帰ってその汚ならしい顔ぐらいちゃんと洗いたまえ」
言いたいことだけ言うと、ゆで卵はゆったりと踵を返し行ってしまった。
汚ならしいとは..
こちらはろくに家に帰れない日も続き、現場に出向けば床を這いずることもある。
...まぁ確かに
曇りガラスを見て無精に伸びた髭をもう一度撫でた。昨夜も現場で張り込み、先程まで捜査に参加していた顔は疲労と落胆に汚れきっていた。
今夜は久しぶりに妻のパイが食べたい。
心底疲れも出てきて、ため息をついた。
「いっそ、怪盗ルツもアルフォードが見つけ出してくれればいいんだけどな」
ふと聞こえた小言に即座に振り向き激を飛ばす。
「誰だ!そんな馬鹿な事を言った奴は!」
あまりの大声にその場にいた部下達が振り向き顔を蒼くする。
「いいか!あの大悪党を捕まえるのは他ならない我々だ!
探偵なんぞに頼よろうという馬鹿者は今すぐここから出ていけ。
国民を守るのが我々警官の務めだろう、誰よりも努力し、命がけで働いている我ら以外の他に誰がいる!」
迫力に圧され、部下達は項垂れる。
分かっている。
誰よりも努力している筈なのに認められることもなく、笑い者にされ、役立たずと罵られる屈辱も守るものに貶され続けるのはとても辛いことだ。
だが、それで他人に頼るような弱気な者はここには要らない。
頼りにならない上司に、弱気で無責任な部下
今日もチャーリー・アダムの鬱積した思いは晴れる事はない。
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