第九章『Overnight』

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 沖が色々と考えを巡らせている間に、怜那はもう帰り支度も済ませて、玄関に立って沖を待っていた。  沖も鍵とスマートフォンだけ確かめて、先にドアを開けて外に出た彼女を追うように靴を履く。  彼女がここへ来た日の帰りは、二人で駅まで歩いて行くのが恒例になっていた。  駅に着くと、怜那はいつもの如く隣に立つ沖を見上げて、「沖さん、またね」と別れを告げて改札を通って行く。  違うのは、今日から呼び方が「沖先生」から「沖さん」になったことだけだ。  ついでに、彼女の希望で「有坂」から「怜那」にも。  正直まだ慣れないが、そのうちこれが二人の日常になるのだろう。  改札の向こう側で小さく手を振る怜那に、沖も同じように手を振り返して声を出さずに「またな」と告げる。それを見て、彼女はホームへ向かった。  恋人の姿が見えなくなるまで見送って、沖もまた今来た道を辿って家に帰る。  来週のことを思うと自然緩みそうになる口元を手で覆い隠して。
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