二人で遺した足跡

1/1
前へ
/1ページ
次へ
ハラッ、ハラッ、ハラッ。 『東洋には下駄(げた)という履物があるのを知っていますか?』 雪が舞い落ちる庭園を長年連れ添った妻と二人きりで眺めながら尋ねますと。気難しい夫である私の事を見捨てずに常に寄り添い続けてくれた妻は、美しく(よわい)を重ねた顔に最初に出会った頃と変わらない知的好奇心を浮かべながら。 『いえ、存じ上げません。私達が履く靴とは異なるのですか?』 私は微笑みながら妻に対して頷きますと。 『履物という意味では同じですけれど、私達が日常生活で使用する靴とは構造が異なりますね』 ハラッ、ハラッ、ハラッ。 天から庭園に舞い落ちる純白の雪に、私は再び視線を向けながら。 『私は自らの足跡をこの世に遺す為に、多くの存在を下駄(げた)に踏まれる雪のように踏み付けながら生きて来ました』 ソッ。 掛け替えの無い大切な妻は、優しく私の手に自らの手を重ねますと。 『私達二人の足跡です』 夫である私の罪も半分背負うという妻に対して、私は心底よりの感謝を込めながら。 『そうですね。私達二人の足跡です』 夫である私の言葉に、妻は世界で最も美しいと感じる笑みを浮かべて。 『はい。その通りです♪』 ハラッ、ハラッ、ハラッ。 私達夫妻にはそれ以上の言葉は必要無く、お互いに重ねた手の温もりを感じながら静かに降り積もる雪を眺めて同じ時間を共有しました。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加