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ヘルパーの世話になっているということは、程度は分からないがこづゑの母親は介護が必要な状態なのだろう。
「大切な人の介護はとても、つらいですよね」
店主の言葉に、彼女が口をへの字に曲げる。細い喉が震え、ぐっと空気が詰まるような音がした。
優しかった頃の、元気だった頃の思い出を残しながら、心身が衰えた親の世話をするのはつらい。自分が長年与えられた優しさを覚えているのに、同じだけの無償の愛で接することのできない罪悪感に苛まれ、どうしても自分を責めてしまう。
「母に優しくなれない自分が、本当に嫌になってしまって……」
店主の膝の上で、こづゑは声を殺して泣いた。
店主は彼女に手ぬぐいを差し出し、優しく背中を撫でてから、灯に照らされた耳を覗き込んだ。
彼女の耳垢はカサカサに乾き、奥の方にぐっと押し込められていた。店主はそれを暗い穴蔵から救い出すように、ゆっくり丁寧に掻き出して黒い懐紙に載せていく。
きっとこづゑの頭の中には、かさり、かさりという音が反響しているだろう。
狭い店内には彼女のすすり泣く声だけが響いていた。
こづゑは耳掃除が終わると大きく息を吐き、恥ずかしそうに微笑しながら腫れたまぶたを瞬かせた。
「また疲れが溜まったら、来てくださいね。いつでも待っていますから」
「はい」
彼女は少しスッキリした顔になって頭を下げ、急ぎ足で帰っていった。
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