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「店主さん、前に来たとき俺、子どものころ飼ってた犬の話、したでしょう?」
「はい、確か、大型犬でしたね」
「うん。でも実はね、一年しか一緒にいられなかったんだ。俺の咳が止まらないのが犬アレルギーのせいだって分かって、父親の知り合いに譲っちゃったんだよ」
「そうだったんですか」
「うん」
それだけ話すと東は耳の上を照らす灯にちらりと横目を向け、眩しいのかゆっくりと目を閉じた。彼はそのまましばらく黙り、ひたすらに店主の尻尾を愛でている。
店内は沈黙に包まれたが、彼の頭には、べり、ぱりぱり、じゃり、という音が響いているのだろう。
「こちらは終わりました。反対向きになってください」
そう促すと東は体の向きを変え、店主の腹に鼻をうずめるようにして、両腕を広げてそこに抱きついた。
「あぁ、もふもふ、幸せ……」
「好きな動物と、アレルギーのために一緒にいられないのはつらいですね」
店主は腹に顔をすり寄せてくる彼に微笑みながら、温かいガーゼで耳を包んだ。
「うん。しかもね、先週法事があって、久しぶりに親父に会って聞いたんだけど」
「はい」
「あの犬、本当はもらい手がなくて保健所に引き取られたらしいんだ」
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