silent night

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なんとなくいい夢を見てたそんな気がする。心地の良い眠りの中で、無意識に打った寝返り。手に、感じるはずのない温かくて柔らかな感触。 とくちゃん… 帰ってきてたんだと思って、思わず擦り寄る。 『明日、忘年会になった。ごめん…』 そんなLINEが来たのは、昨日の午後。 営業職の彼にとって、12月の夜はプライベートがあってないようなものだ。 週末は、忘年会の予定がズラリと並び、平日だって、せっかくだからこのあとどうですかなんて誘われれば、彼に拒否権などあるはずない。だから、はじめから諦めていた。 それなのに、木曜の夜だけは今のところ空いてるから会おうなんて、柄にもない事を珍しく言ってきた。 木曜とは、24日。つまり、クリスマスイブのことで、シャイで照れ屋なとくちゃんらしい誘い方だった。 プレゼントだけは辛うじて用意してたけれど、そんな事急に言われても何の準備もしてないよと思いながら、『いいよ』と我慢して、さらっと返事をした。本当は嬉しくて仕方ないくせに、我ながら天邪鬼だなと思う。 どうせ女子力なんて、どこにも持ち合わせていない。前もって約束してたって、大した事は出来ないから、急だったからと言い訳出来る方が助かると思いながらも、見ず知らずのリア充さんのインスタなんてチェックして、参考にならない豪華なおうちクリスマスを覗き見して、無駄に落ち込んだりして過ごしていた。挙句、なんの準備もしてないんだから意味ないんだけど、結局、こんな風にドタキャンになるなら、それで良かったんだとさえ思えた。 コンビニで買ったチキンとサラダと、レジ横にイチオシと書いて置いてあったアップルシードルとやらを飲んで、テレビでお笑い見てたら、それなりに楽しい夜になった。 ならないスマホをチラッと見て、少しの寂しさを感じながらも、仕方ないと自分に言い聞かせながら、ベッドに入った。 ワンルームの部屋に似つかわしいサイズのシングルベッド。いつも使ってる自分のものなのに、こんなに広かったっけ?と、訳の分からない事を思いながら眠りにつく。 ちょっと冷んやり感じたシーツの温度が、自分の体温で温まるころには、微睡の世界に誘われる。寝つきは元々いい方だけど、珍しくアルコールが入ってるせいか、すぐに眠たくなった。枕元に置いたスマホに、おやすみと心の中で呟いて目を閉じる。朝までこのまま一人で眠って、いつも通りの一人の朝を迎えるはずだった。 なのに、この手に感じる感触。 目は開いてない。手探りで、彼の温もりを求めて、体を寄せれば、お目当てのデカイ物体にぶち当たる。 両手を回して、それでも足りなくて、片足まで乗せる。 「重いよ」とボソリ聞こえてきたような気がしたけど、むふふ…とにやけてしまったダラシない顔で頬をすり寄せ、聞こえないフリをして誤魔化した。 温かくて、気持ち良くて、安心できるその場所に、幸せを感じる。 「おかえり」 小さく呟けば、「…うん」と無愛想に返事をするけれど、もぞもぞと動いたとくちゃんの手が、私の頭の下にやってくる。 口下手で甘い言葉なんてない人だけど、こうやって、態度でそれなりに示してくれるから、そんな彼に「好き」と呟けば、「うーん」と、返事なのかなんなのかわからない声が返ってくる。 でも、私はそれに満足して、薄く開けていた目を再び閉じれば、気持ちの良い眠りの世界へと再び誘われる。繁華街から地下鉄で一本で帰れる我が家には帰らずに、タクシー飛ばして、こんな遠くまで来てくれたことに、聖なる夜を二人で過ごせることに感謝しながら眠りにつく。 明日の朝、おはようとキスをすれば、彼はどんな顔をするんだろう。 「あっ、うーん」とか、同じような返事にならない返事をしてくるんだろうきっと。能面みたいな無表情の顔で。 でも、私はきっと気づくんだ。その無表情の中にも、照れや嬉しい反応が隠れている事を。勘違いや妄想かもしれないけれどね。
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