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エルフ庄、決戦前夜
「とうとう戦いの『関節』が来たか」
古老は丸めた姿勢をシャンと正し、にびいろの山々を仰いた。「関節ではありません『季節』ですよ。お父さん」
中肉中背の農夫が畝に鍬を突き立てた。
「どっちも変わらん。そもそも奴らの持ち込んだ言い回しなど籾殻ほどの値打ちもない」
言い捨てる父親の背中に息子が厳しい現実を突き立てた。
「いい負かされた結果がアルフレッド兄さんです。俺達が対抗概念を持たないばっかりに…」
「お前はそうやって目上の恩をあだで返すのか。ボキャブラリーとやらが豊富な相手にわしらは精一杯あらがってきた。アルフレッドもだ。魔導の限りを尽くした」
そして父親はグイっと鋤を突き付けた。「お前に何ができる。言葉が…呪文が通じぬ相手に」
さあっと乾いた風が弟の前髪を揺らす。凛として咲く花の如く見開いた瞳に炎が踊っている。
「殺してやるまでです。メリー殺します!」
風光明媚なエルフ庄は「今年」も流血のシーズンを迎えた。村々の男たちは華奢な体に無理をして枯れ枝を刈り木こりの真似事をした。本来ならば屈強なドワーフの仕事である。しかし不俱戴天の仇に掟を破ってまで協力要請するわけにもいかない。弱みを握られたが最後、受け継いだ祖先の山々を割譲する羽目になる。
エルフのアイデンティティーを失うより命より大切な樹々を傷つける方がマシと言える。泣いて馬謖を斬るかわりにエルフの男たちは斧をふるった。
こうして貴重な犠牲が中央広場に積み上げられた。力に自信のない者は土を掘り煉瓦を焼いた。これもドワーフ的な作業として辞退者が相次いだ。
恥辱を敵愾心と闘志に変えよ、と司祭が説いてようやく参加者が集まったぐらいだ。
「すっかり変わっちまったな」
村民の男たちは切り株の列を嘆いた。精霊が宿る森はおおかた伐採され山は赤茶けた肌を見せている。
こうしてもみの木は残った。
「いよいよ今夜か」
最後の一条がオレンジ色の幕を引いた。標高二十メートルはゆうに超えるもみの木。金銀のリースを纏い夜光石や魔宝珠で枝の末端まで原色が燃え立っている。
石弓を構えた一団が最寄りの茂みに息をひそめている。彼らはじっと星々の一角を見据え出番を待ち望んでいる。
キラリと北の星座が瞬いた。魔導士が小声で呪文を唱えて現在時刻と異界の暦を照合する。
「間違いない。今日が『短じか日』だ」
「なら、長い夜になりそうだ。子供たちはどうか?」
もう一人が水晶玉を取り出した。すっかり寝静まった家族が像を結ぶ。動きやすいショーツとチュニックに着替え毛布をかぶった幼子たちがいる。
「僕たちだけでやれるよ。パパ」
子供用の吹矢を披露する男児。ドラゴンパピー一頭分の致死量が盛られている。
「あい判った。素晴らしい夜を」
父親が激励すると水晶が元気に唱和した。「メリークリスマス!」
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