農夫は見ていた

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農夫は見ていた

森林部族の夜は早い。日照と生活時間が連動する。家々の灯りは落ち暖炉と篝火だけが燃えている。前者は元々なかった。温暖な気候に無縁のものだ。ただ外部の干渉が始まってから深い雪に閉ざされる期間が増えた。彼らは一番それを迷惑がっている。農夫のハロンは自慢のハーブ畑が冷害にやられる度に天を唾棄した。なぜエルフ庄をこのような災厄が見舞うのか。記憶が途切れ途切れだが始まりは覚えている。厳しい季節が終わると大地が芽吹きめちゃめちゃに壊れた田畑が雪解けするのだ。そこかしこに大穴があいて焦げたクレーターに砕けた石が転がっている。ときおり人骨や獣の骸が見つかった。そしてささくれた材木も。誰がどう見ても激しい戦いの跡だと判る。ある時など細長くちぎれた血まみれの肉片が出てきた。エルフだ。エルフ特有の長い耳が無残にちぎれている。 雪が降る前に村民と何者かが死闘を繰り広げた。敵の正体も理由も定かではない。 「俺は見たんだ。寝つきが悪い方でその年はなかなか冬眠に入れなかった。そして見ちまったんだ」 早矢モズ使いのガーシュが興奮気味に語った。庄の民が獣にならって冬ごもりするようになって幾星霜。荒廃と開墾のサイクルは当たり前のことだと誰もが考えていた。 「知っているぞ。赤い服を着た集団だろう。奇妙な乗り物を飛ばしていた」 粉ひき小屋の番人ロマーノが証言する。 「お前も見たのか! 角の生えた四足動物を」 「ガーシュ、もしかしてこんな奴か」 ハロンが虚空を指先でなぞって見せた。四頭立ての空中馬車に似た空飛ぶ乗り物。ただし車輪はない。 「それだ! その馬車は平たい板を履いていた」、とガーシュ。 「フムン。連中が俺達の領域を荒らし争いを無かったことにしていることは確かだ」 ロマーノが結論を出す。 「これは戦争だ。村中から目撃例をかき集めろ」 ハロンの呼びかけで報告が次々と寄せられた。 外敵だ。エルフたちのあずかり知れぬ世界から村が侵略されている。 これは戦争だ。
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