聖者のヨハン

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聖者のヨハン

リセット作業が終了した。神託どおりヨハンは出立の準備を整えた。ホムンクルスから進化した”トナカイ”を調教し慣性制御材から橇を作り上げた。これだって反重力樹を当地に馴染むよう品種改良を続けた成果だ。植えては枯らしを繰り返して十五年。積み荷の麻袋に至っては二十年かかった。そしていよいよ姿見の前で真っ赤な戦闘服に身を包む。ポンポンの付いたとんがり帽子をかぶり白ひげを手櫛で整える。深く息を吸い発声練習。「ヨーッホホ、よい子の諸君」 右手を振ると病床の妻が涙ぐんだ。「いってらっしゃい」 「はいよ~ルドルフ」 手綱を引くと筆頭の赤鼻がブルっと勢いづく。ピンと張りつめた冷気を熱い吐息が曇らせる。ヨハンは重い積荷ごとふわっと白銀の世界を俯瞰する。狩猟と採取の民に農耕を伝え「持つ者と持たざる層」の格差を広げつつある。ヨハンに使命を与えた存在は宗教を持たない種族の世界観を耕して聖夜の概念を許容しやすい土壌を懸命に準備している。ヨハンの脳裏に最新の進捗状況が神託された。前回の死闘から四年。主観時間にして半年を費やして万全の体制を整えた。 エルフ庄の大衆心理は更地にされ狩猟生活を支える自然の恵み対する漠然とした感謝から一個の人格崇拝へ意識改革のただなかにある。すべてはヨハンを司る者たちの干渉だ。 「くそう!また枯れてやがる」 村では深刻な病害に農夫たちが頭を抱えている。そんな大人たちに子供が教える。 「感謝の気持ちが足らないからだよ」 「何だとう?」 生意気な息子に鍬を振り上げると白髪の老人に制された。「おやめなさい」 「ほら、サンタさんもいってる」 いつの間にか子供たちの輪に見知らぬ男が佇んでいる。 「お前は?」 農夫が誰何すると子供達が口々に庇う。 「よい子にしてるとサンタさんがプレゼントをくれるんだ」 「そうだよ。悪い大人にはくれない」 気おされて農夫は鍬を落とした。「サンタ…だと?」 我に返ると何もかも消えていた。怒りや憎しみも。清々しい気分だ。 「これが…ギフト?」
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