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「ええ~? ご紹介した方、駄目だったんですか? これで何回目ですか。狭山さん、本当に婚活する気あるんですか」
結婚相談所のコーディネーターが露骨に顔をしかめてくる。彼が厳選して選んでくれた相手だ。やる気あんのかと言われても仕方ないかもしれない。
「それは……ありますよ、もちろん。でも、相手がちょっとデリカシーなさ過ぎというか」
「アルファなんですから少しくらいデリカシーなくて当然でしょ。人間的に悪くはないと思いますけど? 容姿、収入、それよりもまず人格的に問題ない人ってのが狭山さんのご要望でしたからね?」
「でもあの人、二回目でホテルに誘ってきたんですよ。相性が大事とか口実つけて。人を馬鹿にしてません?」
「それは仕方ないですよ。この結婚相談所は遺伝子的な相性の良さでマッチングする相手を選んでいるんですから。ご紹介したアルファの方は相性率八十四パーセント。ウチの統計でもこれは高い数値ですよ」
コーディネーターの碓井さんは身体を斜めにしてふんぞり返ってきた。最初は前屈みだったのに、だんだん反らせてくる。
「狭山さん、もう一回カウンセリングを受けた方がよろしいと思いますよ」
「……はあ……」
「正確なデータが欲しいんですよ。無礼なアルファでもね、断られると傷つくんですよ。あなたがお断りしたアルファの方は、別の担当がプライド傷つけないように慰めて宥めてけどアレはねえぞお前って教えてやりますけどね」
碓井さんはそこで椅子をクルリと回転させ、また向き直った。
「どうも。婚活カウンセラーの碓井です」
「イヤイヤイヤイヤどうもじゃなくて」
さすがに呆れる俺に碓井さんはぐぐぐっと顔を寄せてきた。
「今一度結婚したい理由を考えてみたらいかがです、狭山さん。あなたが結婚したい、アルファと番になりたいと思ったのは、今まで使用していた発情抑制薬が効かなくなり、仕事に支障が出るようになったから。昔のように社会生活を問題なく送れるようになりたい。そうおっしゃいましたね?」
その通りだった。十五歳から使用していた発情抑制薬が、なぜか一年前から効かなくなった。発情する周期にもばらつきが出て、俺は仕事を急遽在宅に切り替えた。
今は通院し発情抑制薬を片っ端から試している最中だが、改善の兆しは見えない。仕事を全て在宅で行うのは限界があり、週に一回会社に顔を出しては上司に嫌味を言われる生活だった。
「独身のままでいるのがいけないんじゃないのか。誰かと番になったら所構わず発情するのも抑えられるだろうに」
上司の発言に何も言い返せず、半ばやけくそになってこの結婚相談所の戸を叩いたのだ。
「倫理委員会も真っ青の上司の発言ですね。大手企業なんて言っても、中身は古臭いままのようだ」
碓井さんが呆れたように言う。全くその通りだった。
「しかし狭山さん。クソ上司は明日異動になるかもしれませんし、体質に合う薬だって明日見つかるかもしれないんですよ?」
「二年後三年後、もしかしたら一生このままかもしれません。だから、せっかくなら早いうちに婚活したいと思ってここに入会したんです」
碓井さんが軽く溜め息をつく。
「あなたはそれしか繰り返しませんね。社会生活を円滑にするためのご結婚なら、相性で選ぶのが一番と思っていましたが」
そこで碓井さんはまたもクルリと椅子を回転させた。
「コーディネーターの碓井です」
「俺は何も反応しませんからね」
「あんまりガツガツしていない、そんなに婚活に積極的ではない、という状況が似た人はどうでしょうかね」
碓井さんがタブレットを見せてくる。映し出された写真を見ても、またしても何の興味も持てないのを、俺はぼんやりと感じていた。
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