第1話 残業してる場合じゃねえ

1/1
前へ
/117ページ
次へ

第1話 残業してる場合じゃねえ

 今日だけは、早く帰りたかった。  会社の時計をちらっと見る。21時か。やばいな。24時から外せない用事がある。 「ラスティ・アース」というゲームのテストプレーヤーに選ばれた。来年開始予定のヴァーチャルゲームだ。全世界で限定千人。その試作機が今日届く。開始が24時ぴったり。  ゲームなんて久しぶりだ。ひょっとすると10年ぶりぐらいかも。たまたまネットでテストプレーヤー募集という公告を見て、応募した。まさかそれが当たるとは。 「なんだ、ゲームか」という感想は、さきほど上司からいただいた。  そうなんだけど、この通信型RPGは今までと、ちょっと違う。元になる世界データがグーグル・マップやウィキペディアだ。  WEB上ある膨大なデータをAIが読み込み、中世の世界にアレンジ! という前代未聞の大規模なフィールドがウリである。  開発は日本、アメリカ、フランス、ドイツの大手ゲームメーカーが集結。「最終最後のMMO」というのが宣伝文句。  MMORPGというのは、ゲームをしない人にとっては「なんだそりゃ?」って単語。ネットを使った多人数参加型のRPG。  おじいちゃん世代の人に説明する時は「ドラクエのゲームに他人も歩いてる感じだよ」って言えば、結構わかってもらえる。  さて、とりあえず、残業を終わらせないと。会社を出て家まで30分かかる。でも、クロネコの集配所に寄って荷物を受け取る。プラス30分かかると見ていい。  猛烈に急いだ結果、けっきょく、一時間かかってしまった。  駐車場に出て、三階建ての社屋を振り返る。  おれの会社は、しがない広告会社だ。しがない分、薄利多売。残業は当たり前になっていた。ため息を付き、車に乗り込む。  クロネコの集配所に車を飛ばした。  集配所に着いて事務所に駆けこむ。スマホの不在者票を見せて、荷物を受け取った。  家までの途中にコンビニをいくつか通りすぎたが、がまんした。ここで晩飯を買っていたら遅くなる。とりあえずスタートして、ちょっと遊んでからでもいいだろう。  ゲームスタートのカウントダウンを全世界の人と共有したい。  大急ぎで帰るぞ!
/117ページ

最初のコメントを投稿しよう!

72人が本棚に入れています
本棚に追加