第7話 氷屋

1/1
前へ
/117ページ
次へ

第7話 氷屋

 氷屋は、五十前後のオヤジがやっていた。  頭はハゲていて、ずんぐりむっくり。ハリウッド俳優で言ったら、誰だっけな、バッドマンでペンギン男をやってたヤツだ。 「こんちわ」  これ言葉が通じるんだろうか? 「いらっしゃい。氷かね?」  おお、見た目は外人なのに、しゃべりは日本語だ。おれはうなずいて値段を聞いた。  氷菓子が1G、豆入りだと2G。  豆入りの方を頼んだ。朝から何も食べてない。お腹ぺこぺこ。  この時、水晶で払えるか聞いてみたが、ダメだった。両替所で替えてくれとの事。そして両替所の場所は聞いてすぐに解った。香川銀行があった場所だ。  水晶一個が、いくらになるのかも聞いてみた。氷屋のオヤジは、けげんそうな顔をしたが1Gだと教えてくれた。 「そのへんに座って、待っててくんな。すぐできるから」  オヤジはそう言ってアゴをしゃくった。  小さな店で、四つしかテーブルがない。その内のひとつに座る。木の柱に、上にワラを敷いただけの小屋。ほんと、海の家だ。子供のころは、この海水浴場でよくカキ氷食べたな。 「はい、おまたせ」  海を眺めていたおれは、若い女性の声におどろいた。一五、六あたりだろうか。茶色いクセのあるショートヘアに、青い瞳。  おお、中世っぽい見た目! ゲームなんだから、こうでなきゃ! しかし三十を超えたオッサンが、あまり見つめると変態だ。目線をそらす。  若い娘は、氷菓子をテーブルに置いた。そのあとカウンターの中に入った。オヤジと何か話をしている。あのオヤジの娘か! 似てねえ!  豆入りの氷菓子は、思ったとおりカキ氷だ。削った氷の上に甘く煮た豆と砂糖水がかかっている。けっこう旨い。  これ、どんな効果があるんだろう。視界の右下「?」ボタンを押してみた。   名前:豆入り氷菓子   価格:2G   効果:体力+5  なるほど、きちんと回復の効果はあるらしい。  ちなみに、今の体力を見てみた。フナッシーとの戦闘、いや、戦闘と呼べるものではないか。作業によって腕はパンパン。疲労もマックスだ。体力は、けっこう減ってるはず。   体力:96  あらら。これだけ疲れても、四つしか減ってない。人間の生命力ってすげえな。  ふと思った。おれの特技は人間に対しても使えるんだろうか。小さくポーズ。そして、小声で言ってみる。 「アナライザー・スコープ」   名前:ティア   体力:80   魔力:0   攻撃力:20   防御力:10   レベル:1  おお、この子はおれより攻撃力が高いのか。若さって武器だね。次ページがあるのに気づいた。   身長:162   体重:48   バスト:78   ウエスト:60   ヒップ:86   親密度:1  胸、小っさ! いやそれより「親密度」って何だ? 恋愛ゲームとかのあれ? もしくは仲間か? どちらにしても、ゲーム内の村人や通行人は、ただの脇役じゃあないんだな。  氷菓子を食べ終え、腕を組んで考えた。  あの子のパラメータに攻撃力とかもあるのなら、人間を攻撃もできるのか?  昔に「グランド・セプト・オート」というゲームがあった。殺人でも強盗でも、やりたいほうだいのゲームだ。あれと同じような事ができるのか?  いや、でも「警察」のようなシステムはあるだろう。捕まるのはきつそうだ。しかし、それすら上回る力を手に入れたら、このオリーブン共和国の独裁者になれる可能性はあるのか。 「うーん」と、一人でうなった。  ゲームとしてなら楽しいが、リアルだと、どうなんだろう。実際、おれはさっきフナッシーの殺戮で気が滅入った。 「だいじょうぶ? 美味しくなかった?」  びっくりして顔を上げた。さっきの娘だ。 「ありがとう。ティア。美味しかったよ」 「そう、良かった」  食べ終わった容器を持って帰ろうとしたが、もう一度、振り返った。 「あら? あたし、名前言ったっけ?」  おれは焦った。 「ああ! ほらさっき、オヤジさんと話してた会話が聞こえたから」 「そっか! じゃあ、おじさんの名前は?」  おれは頭を強く掻いた。こういう事になるんだな。初期設定のミスは、後々まで響く。 「勇者カカカ、だ」  自分の名前に「勇者」と付けたのは、せめて、名前が目立たないようにするためだ。 「カカカ、ね」  娘は、ちょっと眉を寄せたが、にこっと笑って厨房に帰った。 「アナライザー・スコープ!」  小声で叫んだ。   親密度:6  よっしゃあ! と心で叫び、小さくガッツポーズ。  自分の特殊スキルが、初めて役に立った。別にあの子をどうにかしたいわけではないが、こうやって数値化されると嬉しい。それに、ちょっと話しただけで五つも上がるのか。  じいさんばあさんが、やたらと天気の話で話しかけてくるのは、間違いではないのかもしれない。なんでもいいから会話をするってだけで、ずいぶん違うんだな。 「勇者さん、だったか」  おや? 話は変な方に行こうとしている。氷屋のオヤジが、厨房のカウンターごしに言った。 「今日、ギルドには依頼してきたんだがね。良かったら、ちょっと見てくんねえか?」  連れられて来たのは、店の裏側にある畑だ。  見て、すぐに解った。フナッシーが何匹かいる。その中に青いフナッシーみたいなのが、十匹ほどいた。 「アナライザー・スコープ!」  おれはこれ、今日で何回言うんだろう。   名前:デフナッシー   体力:10   魔力:1   攻撃力:12   防御力:10   水晶:3  なるほど、フナッシーの上位モンスターか。小さいが、結構強い。  今のおれは攻撃力10だ。こいつは防御力10。プラマイゼロ。素手で叩いてもダメってこった。これは、いよいよ武器が必要だな。ちなみに、近くにあった石を見て調べた。   名前:石   効果:攻撃力+3  なるほど、石で叩くだけじゃダメか。攻撃力プラス10の武器がいるんだな。 「報酬は、いくらなんです?」  オヤジに聞いた。 「50Gだ」  あっちの世界で言うと、日当5千円。割が良いのかどうなのか。まあ、言っても、ここ小豆島だしな。 「良かったね! お父さん、偶然に勇者様が来てくれて」  娘のティアが喜んでいる。それ、ぜったい親密度が上がってるわ。アナライザー・スコープを使いたいが、二人の目の前だ。 「明日の午前は別件がある。午後で良ければ来よう」  勇者って、こんな感じでいいかな? ちょっとカッコつけた。 「ありがてえ」と両手で握手された。  うわー。すげー気分いいけど、オヤジ、手が冷てえ。さっきまで氷をさわってたもんな。  砂浜からの帰り道「よろす屋」で「おむすび」を二個買って帰った。  明日は忙しくなりそうなのに、なかなか寝付けない。ベッドに寝っ転がって、茅葺きの天井を見つめる。  自分が置かれている状況は理解した。ゲームのシステムも、おおよそ掴めた。  でも、まさか、こんな気分になるとは、思わなかった。 「おれは、いったい、この世界で何すりゃいんだ?」  こんな疑問、思春期か! というような疑問だ。  何をするのか? どう生きていくのか? 何でも自由だ。好き勝手もできる。でも、リアル過ぎ。  まいった。三十過ぎたオッサンが、またこんな疑問を考えさせられるとは。  寝よう。  おれは寝返りを打ち、馴染みはないが自分の物らしい布団をかぶって、目を閉じた。
/117ページ

最初のコメントを投稿しよう!

72人が本棚に入れています
本棚に追加