(一)

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     (一) 『この怨み、晴らさでおくべきか!』  脳内に響き渡る怒声が、ふりおろす右腕を鼓舞し―――午前二時をすぎた闇に金属音をこだまさせる。  小高い丘の上に祀られるL神社。恋愛成就のご利益を頭に掲げるこの神のもとから、恋に悩む男女の姿が消えて久しい。  付近の山を穿ち造成された新道のおかげで、すぐその先に鎮座するV神宮に向かう都会からの時間が、非常に短縮されたのがその理由。   同じ利益をメインに据えるV神宮は、その称号通り、「神社」よりも遥かに規模が大きい。また、社の外観に準ずるような華やかな販売グッズ類、年中目白押しの恋愛祈願関連のイベントが、そんな祈願者らに魅力的でないはずがない。加えて、大鳥居の目と鼻の先に展開される大型アウトレットモールの存在も、参詣の足を定着させた。  以来、旧街道沿いのL神社は、閑古鳥が鳴き続けた。  しかもどういったわけからか、通いでいた宮司はいつしか姿を消し、参拝、ドライブ客を目あてにしていた街道沿いの店舗も、その消滅のため軒並み錠をおろしてしまった。  結果、清掃奉仕なども一切なくなった境内は、繁茂する木々や、胸の高さにまでなる雑草に埋めつくされ、神聖な場所という姿をなくした。  そんな民の仕打ちに、 『今までさんざん世話になっておきながら!』    と、L神社祭神が激怒するのはもっともな話で、いつしか祭神は一転祟り神となり、怨みつらみを成就させるそれへと変貌を遂げた。それゆえ、この境内は丑の刻参りの聖地となり、その呪い成就率は驚異の九割八分を誇る。―――という噂がネットで流布されたのも、結構な以前から。  琴華(ことか)が憎悪の目を向けているのは、勤め先の同僚―――裏賀有(うらがゆう)。  彼とは結婚を視野に入れた恋人同士―――と思っていたのが彼女のほうだけだったことは、つい最近、神妙な顔で後輩が差しだしてきた携帯の画像で知った。  腕を組んで信号待ちをしている裏賀と女。向けあった笑顔が、単なる友人関係ではないことを如実にしていた。  見知らぬ着物姿の年頃は琴華と同等。高い画素数が、和風美人を誇示する。  このあと、ふたりは女が運転する高級外車で去っていった。と報告した後輩は、もちろん琴華と裏賀の関係を知っていたからで……。  後輩から受けとった画像を、琴華はすぐさま突きつけた。
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