猫耳はどうせ見えない9

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   「猫の子一匹いない」なんて状況、中々ないと思うの。    どんな街にも、猫はいますよ。ここにも、もちろんあなたの街にもね。  私は猫だ。(よわい)にして2歳。  ですが猫は猫でも、ただの猫にあらず。  2カ月ほど前から女子高生に化けて、「伊端 珠(いばた たま)」という名前で人間の学校に通っている化け猫です。  理由は……楽しそうだから。    ものの価値って、難しいですよね。    自分にとって価値のあるものや好きなものは、割と分かるんです。例えば私の場合、今何が欲しい?って聞かれたら、1年C組の皆と一緒に過ごしたいって答えます。クラスの友達と過ごす時間は猫の私にとって、人間と関われる貴重な時間。今の私の、何よりの宝物です。  ……ですが、他の人が欲しいものって、すごく難しくないですか?  その人の趣味、好み、性格……特に仲の良い相手だったら色んな面を知っているわけなので、何を基準に選んだら良いのか分からなくなります。  しかも、あげる相手が、尚更。    ……そんなわけで。  そんなわけで私は今、雑貨屋さんの棚を前にして、途方に暮れているわけで……。        ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  「メリークリスマース!!」  掛け声とともに、部屋中にクラッカーの音が鳴り響く。  12月25日、午後17時。  学校から徒歩10分。某市民プラザの一室を借りて、1年C組のクリスマス会が始まった。  誰からともなく発案されたこのクリスマス会。さすがに高校生ともなれば彼氏彼女と過ごす者が多く、必然的にクラスでのクリスマス会なんてごく少数の暇人で行われる会になるだろう……と予想されたが、今この会は1年C組の32人中なんと25人が集まるという、驚異の出席率を記録していた。  理由は2つ。1つは、伊端珠が出席していること。そしてもう1つは、「暇人」がこのクラスには溢れかえっていることだった。  「あれ、田中いんじゃん! お前、彼氏と過ごすんじゃないの?」  男子の1人が、ソファに座ってケーキをもそもそと食べている女子・田中に目を止める。田中は文化祭翌日に彼氏ができたことで、ここ最近クラス内の勝ち組として君臨していた。  「別れた」  「うわ」  「5日前に友達に戻ろうって言われましたけど。クリスマスのデートプランとか色々考えてたタイミングで何ですか? って感じ。もうまじで思い出したらまた腹立ってきたよおるああああぁぁ!!!」  「落ち着け! この和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気の中で地雷を踏んで悪かった! 頼むから落ち着け!」  「別れたから来たわけじゃないもん! 珠ちゃんが来るっていうから来たんだもん!」  ケーキを(むさぼ)ることで怒りを昇華させる田中。……と、このようにそれぞれの個人的な理由が絡み合った結果、このような賑やかなクラス会が実現したのであった。  「伊端さん、コーラで良い? ……あ、でも炭酸ダメなのかな」  男子の1人が彼女にコップを渡そうとし、猫に炭酸はいかがなものかと思い直して一瞬ためらう。  「いえ、コーラで大丈夫です! ありがとうございます」  コップを受け取って笑顔を返す伊端珠。あ、大丈夫なんだ……と心の中で突っ込む男子。    「はい、ちゅうもーく」  程よく温まってきた雰囲気の中で、伊端珠と仲良しの女子・吉岡が手を叩く。  「それでは(えん)もたけなわですが、ここいらで……」  「え、終わるの?」  「早くね?」  「……プレゼント交換やりまーす!!」  「やったあー!!」  途端に沸くC組一同。  「いまからくじ配りまーす。同じ番号の人に用意してきたプレゼント渡してくださーい」  わらわらと集まる一同の中で、1人かすかに不安そうな表情の伊端珠。  プレゼント交換。  人間にプレゼントをあげたことのない伊端珠にとって、この上ない難題であった。    「はい、くじ行き渡ったね。じゃあペアの人探して―」  「はいはーい。あたし5番でーす。誰かいますかー」  「あ、俺だわ。はいこれ」  「おーありがと……うわー、予算ピッタリの1000円分の図書カードかー。つま……現実的」  「おい今つまんねーって言おうとしなかったか?」  「してないしてない。はいあたしからはこれ。中古ゲーム屋の1000円ガチャで当たった、知らないブランドのポーチ」  「なんでそんなギャンブル性高いものにしたんだ……」  「ちょっと吉岡。俺13番なんだけど、相手いなくね?」  「あ、13番の人はね、これです」  「え、吉岡がペアってこと?」  「いや、これは担任のキョーコちゃんからです」  「何で!?」  「いやーダメもとで誘ってみたんだけどさ、普通に仕事あるから無理だって。代わりにプレゼントだけ渡されちゃった」  「まじかよ……来られないのにプレゼントだけくれるあたり本当良い人だな。顔怖いけど」  「うん、顔怖いけどね。ちなみに中身は参考書だそうです」  「開ける前に言うなよ!!」  各々プレゼントを受け取りあーだこーだ言い合いながら、プレゼント交換は進む。そんな中、ハンドミラーを受け取った田中は交換相手の女子に小声で言う。  「ねえ、珠ちゃんの交換相手誰だか分かった?」  「いや、まだ分かんない。でも皆大体ペア見つけてるし、そろそろ分かるんじゃないかな?」  「……珠ちゃんのプレゼント、何だと思う?」  その問いに、相手の女子はむむむと腕を組む。  「何だろう……ベタに考えて鰹節……いやマタタビ?」  「それ思ったけど、流石にベタ過ぎない? それに珠ちゃんが貰って喜ぶのは分かるけど、珠ちゃんが相手へのプレゼントに用意するとはちょっと思えないというか……」  「確かに」  その議論に、いつしかペアを見つけた他のクラスメイトがぞろぞろと加わる。  「あれじゃない? 珠ちゃんがバイトしてる駅前の本屋さん、あそこで良さそうな本を見繕ってきたとか」  「何選んだんだろう。猫の写真集とか?」  「流石に猫自身が写真集は選ばんだろ。ほら、私たち可愛いから見てください! みたいなことになるじゃん」  「確かに、伊端さんに限って絶対そんなこと言わない……可愛いのは極めて事実だけど」  「となるとなんだろう……お菓子とかかな」  「そもそも交換相手、誰? まだ見つかってないの?」  「あの」  突如、背後で声がし、一同跳び上がる。振り返ると、小さな包みを持った伊端珠がもじもじと立っていた。  「私、2番なんですが……どなたかいらっしゃいませんか」  「2番? 誰かいる?」  「吉岡、ちゃんと全員にくじ配った?」  「あ、ごめん。2番って私だわ! 皆に配り終えた後、自分のくじ見るの忘れてた」  「おい」  「ごめんねー珠ちゃん! はいこれ、私からのプレゼント、髪留めね。男子に当たったらあれだなーと思ってたけど、ちゃんと女の子に当たって良かった」  「わあ……ありがとうございます!」  そこで、伊端珠は持っていた包みをおずおずと吉岡に差し出した。  「あの、私からはこれ……誰に当たるか分からなかったのですごく悩んだのですが、気に入っていただければ……」  「わーありがと! なんだろ」  吉岡が開ける包みの中身に、おのずと注目が集まる。  出てきたのは、小さなキーホルダーだった。    赤いストラップに小さな鈴。そしてストラップの先には……小判の形をしたプレートが付いている。  「あの、雑貨屋さんで喜んでもらえそうなものを探したんですけど、分からなくて……そんな時にキーホルダーが並んだ棚の中で、これだけなんだか……輝いて見えたというか、これだ! っていう気がして」  伊端珠が言い終わるか言い終わらないかのうちに、吉岡は彼女を思いっきりハグした。  「珠ちゃん……あんた本当に可愛いよ……ありがとう……」  抱きしめられたままむぐぐ……と声を出す伊端珠。そんな2人を目の当たりにして、1年C組のメンバーは大いに和み、室内が幸せな溜息で満たされる。  これぞ、1年C組で後々語り継がれるクリスマスの伝説。  「猫に小判」ならぬ、「猫から小判」事件である。  1年C組のクリスマスは、平和に過ぎてゆく。
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