kiss×1 小悪魔ちゃん降臨

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kiss×1 小悪魔ちゃん降臨

 ハロウィンが過ぎれば街はどこもかしこもクリスマス気分で浮かれ気分。俺の名は旭 景都(あさひ けいと)。休日、暇を持て余す高校生の俺は近所の商店街をぶらついていた。クリスマスにそれほど興味のない俺もここだけは別。メルヘンチックな面構えの洋菓子店の前で足を止めた。 (クリスマスとくれば苺のショートケーキだろ)  ガラス越しからでもわかってしまう、あの姿。ふわっふわで色白な体に純白のドレスという名の生クリームを纏う。そのてっぺんには深紅色の鮮やかな苺が一番偉そうに居座っている。  超がつくほど甘党な俺の口元も緩むはずだ。 (あのてっぺんの苺は間違いなく女王様だな。やっぱお高くとまってんなあ)    透けて見えるショーケースの中身を一個一個確認していく。  こうみえて俺の顔は甘々なケーキの濃厚な可愛さとは相反して、しょうゆ顔。性格はざっくり、さっぱり味のクッキーといった所か。言うならば大雑把だ。  こうして可愛いケーキ達に心を奪われてるなんてクラスの女子らは、ひとかけらも思ってないだろうね。  母さんが作ったフルーツパフェを朝食に出されても動じない最強な胃袋を持つ俺。  幼なじみの柊も相当の甘党だ。冬場、寒かったからと朝ご飯に餅入りのぜんざいを食って学校にくる奴だ。絶対俺と同じで胃袋が強いはず。  遠野 柊(とおの ひいらぎ)。  俺と同じマンションに住み同じ高校に通う、現在高校二年生。少女漫画を溺愛する、ちょっと変わった天然野郎だ。まあ俺も恋愛小説を隠れて書く変な野郎には違いないけども。  柊とは生まれたときから一緒にいるから、それはもう長年連れ添った夫婦のように空気のような関係だと思う。  でもいつからか俺は幼なじみの柊を意識するようになっていた。奴に振り回されるけど案外楽しくて、天然パワーで癒される日々を送っている。ずっとこんな関係でいられる保証はどこにもないんだけど。  洋菓子店のショーケースに可愛く鎮座しているケーキの中から、あいつの好きなプリンアラモードを見つけるとなぜか安心する。 (柊、プリン好きだもんな。買っていくか。いや記念日とかでもないのにいきなりケーキ買ってったらおかしいよな)  が、これ以上店先で男ひとりで店内の様子をジロジロと伺っていれば、強盗か変態のどちらかに間違われそうだと思い引き上げようと振り返った。  そのとき──、   ドンッ。キャッ! ズサアアッ! 「もお──っ! いったあああい!」 「すいません!」  振り向き様に無駄に俺のデカイ体が小さな女の人にドンッと体当たり。三十センチほど横に飛ばしたかと思う。  (何だ? めちゃくちゃ大袈裟に、しかも痛そうに言う。確かにドンッと押したけどな。悪いのは完全に押した俺だけどな)  や、待て待て待て待て。  見ればこの女、俺と同じ制服を着ている。  誰だ?  いや知らんけども。  少なくとも同学年じゃないな。 「急に振り向かないで頂けますう?」  三十センチ飛ばされた女は体勢を整え、ようやく俺を見上げた。 「ああ、それはすいません」 「はあ? ぶつかっといて何それ。こっちはあなたに飛ばされたのよ!」  何だその反応おかしくね? 「いや、俺、謝ったじゃん」  しまった。下手に出るつもりが、つい。 「はあああっ? 逆ギレ? その謝り方がテキトーで誠意がみられないっていうの!」  うわあ、この女。めっちゃめんどくさいんですけど。って言うか俺は謝った。最初にキレてんのそっちでしょうが。 「こっちは最初にすいませんって言った」 「でもめんどくさそうにしか聞こえなかったもん」  ああ、かかわりたくねえ。帰りたいです。 「ああじゃあもういいっすよ。はい俺が悪かったです。お怪我はありませんか? すみませんでした」 「はあああっ? 何それ今度は開き直り? さいっあくなんですけどおー」  俺も、さいっあくなんっすけどー。だけどそうでもしねえと終わんないじゃん、小悪魔ちゃんさ。 「俺は帰ります。もう会うこともないと思うから」  小悪魔ちゃんに背を向けて手のひらをひらひらと振った。 「ちょっ──! ね待って! その制服、私と学校一緒じゃない! 同じ学校なら絶対会うよね?」  めんどくさいけど、そう言われたので彼女の方へ振り向いた。 「私は三年の成瀬 海緒(なるせ みお)。名前教えてよ」  小悪魔ちゃんの命令かよ。  罰ゲームか?  しかもいきなりの自己紹介。俺、尋ねてません。帰りたいんですけど。 「名前!」 「うるせえなあ……」  しまった、つい心の本音が漏れた。 「わかった。あんたの名前はでいいんだよね?」  女王様の苺のように上から目線。  いや苺のほうが上品か。 「じゃあ、もうそれでいいよ」  グイッ──!  いきなり小悪魔ちゃんに制服のネクタイを乱暴に掴まれた。これはもう服従するしかすべはないのか? 「名前! それと何年生?」 「あ、旭 景都、二年」 ネクタイを鷲掴みにされたデカイ俺は彼女のちっちゃな顔へ引き寄せられた。 「ふぅん。何だ後輩じゃない」  小悪魔ちゃんがちょっと甘えた口調で、ねちっこく言う。ここでひざまずいて、ひれ伏せろと言わんばかりに俺を見上げているクセに見下してくる。  「ねえ……私、さっき見ちゃったんだよねえ。あんたがケーキ屋でのぞき見してるところ」 「別にいいだろ」 「可愛い子でもいたの?」 「何でそうなる」 「やば、ストーカーじゃん」  話、ぜんっぜん噛み合わないんですけども。 (──怒!) 「は? ケーキ見て何が悪いんだっつーの、このメスブタ野郎っ──!」  し、しまった。  イラついて、つい口が滑って本当のことを。  メスブタ野郎じゃなくて、可愛らしく小悪魔ちゃんにしておけばよかったか。恐ろしくて小悪魔ちゃんの顔をまともに見れなかった。    
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