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記憶に残っているのは、その大きな背中と鉄の音だった。
一心不乱に鉄と向き合い、手にした金槌を何度も、何度も打ち付ける。
熱した鉄の熱さは尋常ではなく、その高温たるや、余熱で身を焦がす。
仕事に対する不満は聞いた事が無い。
だが、作った物の出来栄えでの不満は数えきれないぐらい聞いた。
職人だった。
親父はドワーフの鍛冶屋。
武器をこしらえ、それを人に売って生業を立てる人だった。
俺が物心ついたときに母はいなかった。
居たのは無口で、寸胴の体型。腕や足は丸太のように太く、顔も厳つい白髭の背の低い男。
親父の仕事は一日中続いた。
朝から昼は武器屋としての顔。
夕方から夜は鍛冶屋としての顔。
武器屋として店番をしていた親父の隣で俺もそれを見ていた。
口下手だった。
親父から客に話しかける事はなく、ただ黙って武器を売る。
ただ、客から武器を褒められたときは本当にうれしそうだった。
自分の仕事を認められたという事は、嬉しさもひとしおなのだろう。
客から武器に対して、苦情は一切聞かなかった。
どれもが賛美と賞賛に包まれ、それが俺にとっても誇りだった。
親父の後を追うように、俺も鍛冶屋になった。
ただ、親父は何も言わなかった。何も教えてくれなかった。
ある日を境に、親父は武器を作らなくなった。
それは王国からの依頼だった。
とんでもない報酬と見返りを話しに持ってきた王国の士官。それは親父が十年経っても得られるかどうかわからない話だった。
当然、俺は飛びつくと思っていた。
だが、親父は。
「ふざけるな! 二度とその話をワシにするな!」
怒鳴り散らした挙句、断った。
俺は説得した。莫大な財産を手に入れるチャンスを棒に振るのか、と。
親父は黙っていた。そして、答えと言わんばかりに、武器屋を畳んだ。
武器を作らなくなったドワーフの親父。
今度は細工物に手を出した。
髪飾りや、宝石の加工。それらは親父の技術を駆使して昇華する。
売上など、悪くはなかった。
だが、そこに俺が尊敬する親父の姿はなかった。
晩年、親父は病に倒れてしまう。
寝たきりの親父は息も絶え絶えで、すっかり見る影もない。
俺は働きながら親父の看病をする。
だが、その甲斐も空しく親父はこの世を去ってしまった。
身辺整理をしている最中、親父の日記を見つけた。
あの頑固で、職人気質の親父が日記をつけていること自体に驚きを隠せなかったが、それをよんでさらに驚いた。
親父が武器を作らなくなった理由があったのだ。
あの当時、近隣諸国と戦争が起こっていた。そこで、質の良い武器を提供している親父に武器の発注依頼が来たわけである。
親父が断った理由。それは人を斬るために武器を作っているわけではない、という事だ。
あくまで親父の武器は蔓延るモンスターを斬る為、世の為人の為の武器だった。
戦争の悪化で自分の武器で不幸になる人間ができるかもしれない。
そう、考え出した親父は武器を作るのをやめたのだ。
俺についても言及があった。
鍛冶屋になった時、あの親父は嬉しかったらしい。
その思いの丈がつづってある。
だが、同時に他の職業についたほうが幸せではないのか、という悩みもあった。
それを上手く言える口は親父についていない。
結局、親父はただだんまりを決め込んでしまった。
だが、親父はそんな俺に色々と鍛冶屋に必要な技術を形として残していた。そのくたびれた羊皮紙に書かれたものには素材、熱の入れ方、鉄の仕上げ方。全てを書いていた。
職人である親父にとって、これは門外不出であり、身内の俺でも教えできない事だ。それをこうして形に残した事に、俺を思っていた事を感じさせる。
眺めている間に、目から涙が滴り落ちる。
「ばかだなぁ、もっと早く言ってくれれば……親父」
それがドワーフなのだろう。
口下手で、職人気質で、最も心が熱い種族。
身辺整理が終わったその日の夜。鍛冶場に俺は立っていた。
残された日記を見ながら、武器を作りたくなったからだ。
異様な熱と、鉄の音が木霊する。
親父の残した足跡を追って、俺はひたすら追い続ける。
そこには遠く、偉大な背中がある。
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