贈る言葉

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 廃工場に閉じ込められてから、この空間のことを少し調べてみた。と言っても気を失っていた間に大体は柳が調べていたのだが、改めて現状の把握と擦り合わせをしておいた方がいいと柳から提案があった。  この空間は物はおろか、電波すら外へ飛ばすことは出来ない。それは先ほど柳が実践して見せた通りだ。  柳はこの廃工場ごとヤツに飲み込まれたと言っていたが、よくあるオカルト話で、同じ場所に見えるがそこは不気味な異空間だった、という話がある。異空間であればどこかしらおかしな部分が見つかるらしい。その可能性も考えて工場内をもう一度調べることにしたのだ。  その結果、今朝足場にして潰してしまった一斗缶や、以前悪霊退治で訪れた際に残った戦闘の跡も見つかった。そのことから、異空間に飛ばされた可能性は低いだろうと柳は結論を出した。 「あとは時間の確認だな」 「時間?」 「外と中の時間が一致しているかどうかだ。内側の時間は進んでいるが、外側の時間は1秒も進んでいない、ていうパターンとかな」 「なっ!そんなことになってたら俺たち……」 「あぁ、例え見付かったとしてもその時俺たちはミイラだ」  ぞわりと背筋が寒くなる。  柳はスマホを取り出して表示されている時間を見つめた。 「電波は遮断されているが、機器自体がおかしくなっているわけじゃない。もし外側と同じ時間を刻んでいるのなら、あと3、4時間後には外の景色も日が暮れて変わってくる」 「はは……それは、祈るしかねぇな」 「さてと。じっとしているのも勿体ないから俺は2階に行ってくる」 「へ?何しに行くんだよ。さっき調べて結論出しただろ?」 「ああ、ここは元居た廃工場だ。だから探し物の続きをしに行く」  そうだ。そもそもここに来た理由はシーグラスを探す為だ。異空間に飛んだわけじゃないと分かったとはいえ、仮にも自分たちは救助待ちの身だ。それでも来た目的を果たそうとする柳は肝が座っているというか、真面目というか。  いや、そうじゃない。ただただ、そのシーグラスが柳にとって本当に大切な物だから。だから、こんな状況でも体は動いてしまうのだ。 「お、俺も一緒に探すよ!」  そう言って晃人は柳のあとを小走りで追いかけた。 「そういやさ、俺たちがここに閉じ込められてから、あの黒いヤツ何もしてこないな。あれも悪霊なんだろ?背後とかさ……突然攻撃してくるんじゃねーの?」  自分で言っておきながら思わず気になり、そろりと背後を見て確認した。 「ああ、そうなったら願ったり叶ったりなんだがな」 「は!?いやいや何でだよ!怖えよ!」 「逆だろ。本体が直々に姿現してくれるんだ。退治できるチャンスだろうが。言っただろ、元を叩けば解決する。本体を退治出来ればこの空間も元に戻るんだ。だから俺はこの空間に入ってからずっとヤツに隙を見せている。けどヤツは攻撃はおろか、姿も見せない」 「どうしてなんだ?」 「分かっているんだろ、姿を現したらやられるって。俺たちが体力も気力も尽きて餓死するまで待つか、確実に反撃ができないタイミングを狙って殺しにくるか、どちらかだろ。まったく小賢しい悪霊だ」 「へぇ、悪霊も色々いるんだな……」  階段を上ろうと足をかけた瞬間、突然金物の潰れる音が響いた。と、同時にバランスを崩してその場に尻もちをついた晃人。驚いて足元を見ると、鉄骨階段の一段目が錆びて片側だけ崩れ落ちていた。長年放置され、風化も進んでおり脆くなっていたのだろう。 「大丈夫か」 「あ、あぁ。一段目で良かったよ」 「この工場、老朽化も進んでいるからな。足元気を付けろよ」  なんてカッコ悪いのだろう。足が震えている。悪霊に対して勝手にタンカを切ったものの、もし、柳が言った時間の進み方が本当に当たっていたら……。自分たちはもう外の世界に戻ることはできない。そう思うと恐怖と後悔が押し寄せた。  あの時こうしていれば、ああしていれば。そんなタラレバが頭の中で駆け巡る。過去に起きたことを今更嘆いても仕方がない。分かっていても、大きな溜め息を止めることはできなかった。  立ち上がろうと膝に手をかけた時だった。ふと気付くと、目の前に手が差し出されていた。 「へ?」  顔を上げ、思わず柳の姿をじっと見つめた。 「何だ」 「いや……、サンキュ」  晃人も手を伸ばし掴んで立ち上がる。再び階段を上っていく柳の背中。晃人はその背中と握った手のひらを眺めた。  柳はいつも目的のため、物怖じせず果敢に前へと走りゆく。あっという間に遠く小さくなっていく後ろ姿を何度見ただろうか。そんな孤高を貫く柳の背中は、いつも逞しくも冷淡さを感じさせていた。  晃人は手のひらを伸ばし、柳の背中にそっと触れた。 「……何?」  足を止めて振り向いた柳に、晃人はどこか安堵した表情で言った。 「いや、お前の背中さ、温かくなったなって」 「は……?」 「何でもねぇよ!ほら、行こうぜ」  柳は首を傾げながらも再び2階へと階段を上がっていった。  2階スペースを探してどれくらい経っただろうか。柳が言った通り、悪霊の動きは何もない。静かな屋内に響くのは晃人と柳がシーグラスを探す物音だけだ。  机の下に潜って晃人は手を伸ばした。陽の当たらない場所は相変わらず暗くて手元も見えづらい。こういう場所はさすがに明かりがないと厳しい。ポケットに入れていたスマホを取り出しライト代わりに照らし出す。ここを探すのももう何度目だろうか。小さなシーグラスは未だ見つけられずにいた。 「あー、ちくしょう見付からねぇ」  机の下から頭を出した時だった。潜り込む時に横へ動かした脇机に頭をぶつけ、辺りに鈍い音が響いた。 「痛って!あーもう何だよ、暗くてよく見えねぇ――」  そして晃人は頭を上げてようやく気付く。 「え、暗い……?」  目の前の棚や鉄パイプ、入口のドア。明かりを灯さずとも見えていたその輪郭が闇と同じ色に染まっている。咄嗟に振り向いて外の景色に目をやった。瞳に映った西の空は、薄っすらと染まる茜色と夜を知らせる藍色が混ざり合い、グラデーションを重ねて広がっていた。 「柳っ、柳!外見てみろ!暗くなってる!」  晃人は思わず駆け出して隣の部屋にいる柳の元へ向かった。暗くなった足元でこけそうになりながらもお構いなしに走り、柳の姿を見つけると一目散に駆け寄った。 「柳!ほら、日が暮れてる!夜だ!ここもちゃんと時間が進んでたんだ!俺たちミイラにならずに済むぞ!」 「いちいち言わなくてもそんなの外見ればわかることだろ」  柳の声が聞こえているのかいないのか、晃人はハの字に眉を下げ、今にも泣きべそをかきそうな顔で笑っていた。安堵した晃人の表情を見て一呼吸置くと、柳は夜の景色に移りゆく空を眺めて言った。 「そうだな、これで一安心だ」
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