別離(※R18パート)

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別離(※R18パート)

「柳、これあげるよ。僕には性が合わないから」  そう言って樹から渡されたのは、映画のペアチケットだった。 「晃人くんと二人で行ってきなよ」  巷で話題になっているSF映画のチケット。晃人がちょうどこの間気になると言っていた作品だった。チケットを受け取りしばらく眺める柳。樹が柳の肩を優しく叩く。 「……うん」  梅雨の時季も過ぎ、そろそろ夏の気配を感じてきた頃、柳から映画の誘いがあった。祓い屋の仕事以外で連絡が来るなんて初めてだ。というか、柳と遊びに出掛けること自体が初めてだった。 「晃人何ニヤけてんだよー」 「えっ?俺ニヤけてたか?」  友人のその言葉に、晃人は飲もうとした炭酸水の手を止めた。 「隠してんじゃねーよ、そのニヤけ顔!お前彼女できただろ!なぁなぁ何処で知り合った子?胸デカい?」 「ちげーよっ。……その、新しいバイト始めたんだよ!」 「そうかそうかぁ、そのバイト先にお目当ての子がいるんだな!?バイト先どこ?どんな子か今度見に行っていい?」 「ぜってー教えねぇ」  『彼女』という、友人の言葉に晃人はふと思い返す。そういえば入学したての頃は大学デビューして、彼女作って毎日楽しく過ごそうと考えていた。確かに一時彼女ができて遊んでいた時期もあった。  しかし今は全然そんな気分にならない。この数ヶ月、プライベートな時間はほとんど柳と祓い屋の仕事をしている。でもそれは全く苦ではない。悪霊の姿には一向に慣れないが、柳といる時間は何だかんだ楽しいと感じている。柳のちょっとした変化が見られるのが嬉しいのだ。  この間、興味本位で柳の脇腹をくすぐってみた。そしたら倍返しされてえらい目に遭ってしまった。けれどその時の柳は、いつもの澄まし顔からちょっとムキになった、高校生らしい生意気な顔を向けていた。図らずも、その表情が可愛いと思ったのだ。  そもそも最初の頃は脇腹をくすぐるなんでこともできなかっただろう。そういう「隙」が表れるようになったのは嬉しいことだ。  最近は柳の色んな一面を見ることが楽しみになっている。DNA摂取の時なんか、現場にいる時とは全然違って触れ方が比べ物にならないくらい優しくなる。 『晃人さん……』  熱を帯びた柳の甘い声が脳裏に蘇り、思わず頬を染める晃人。  あの行為はDNAを摂取する為に必要だから仕方なくやっているだけで!そう、仕方ないんだ!心の声に必死に言い聞かせる。  そう、あくまで生命維持の為。柳と晃人の関係は術者と式神。ただそれだけなのだ。 「もしかしたら元に戻るヒントが隠されているかもしれない」  柳がその言葉を晃人に告げてからしばらく経つ。しかし特に大きな進展はなく、柳もそのことについて話題に触れなくなった。結局、その書物には手掛かりとなる情報は載っていなかったのだろう。  廃工場での一件が落ち着いて、またいつもの日常に戻ってはいる。けれど、式神の姿で柳の隣にいると、晃人はどうしても考えるようになってしまった。  もし、元の体に戻ったら……と。  勿論、そうなれば術者と式神という関係ではなくなる。ならば、術者と式神でなくなった時、自分たちの関係は何と呼べばいいのだろうか。協力者、戦友、同志、盟友。どの言葉もしっくりこない。そもそも、“友達”というカテゴリなのだろうか。晃人にとっては“友”という言葉では片付けられない、形容しがたい想いが心の中に渦巻いていた。  自分の体が元に戻った時、この関係はそこで終わりなのだろうか……。  シュワシュワと、炭酸水の泡が空気に触れてあっけなく消えていく。  元の体に戻りたくないわけではない。ただ、そこで終わりにしたくないのだ。その先も柳の側に居たい。そう強く思ってしまう。どうしてそこまで柳のことが気になるのだろうか。晃人はモヤモヤした気持ちを炭酸水と一緒に飲み込んだ。 「柳!」  ショッピングモールの出入り口、その待ち合わせ場所に柳の姿を見つけ声をかける。 「悪ぃちょっと遅れた」 「いいよ、俺も今来たところだし」 「上映までまだちょっと時間あるな。モールの中見ていいか?ちょうど寄りたい店があるんだ」  お目当てのCDショップに入ると、晃人はコーナーの一角で品物を吟味していた。どうやらお財布と相談しているらしい。  晃人が商品を決めかねている間、柳は別段やることもなく適当に店内を見て歩いていた。店内に流れている曲は有名な曲なのだろうか。流行りの曲なんて全く分からない。  アーティストの話や芸能人の話、話題の番組だとか、そういう同世代の話題を共有することもなく、柳は今まで過ごしてきた。自分には必要ないものだと目を背けてきたからだ。 「柳。こっちこっち」  購入を済ませたのか、晃人は店の袋を手にていた。手招きする方へ向かうとそこには試聴スペースが設けられていた。ヘッドホンを片手に操作する晃人。片方を柳の耳に当てると、もう片方を自分の耳に当てる。 「これ、俺が前話してた曲な。口で説明するより実際に聴いた方が分かりやすいだろ。あっ、ここ!ここからの転調が最高なんだって!」  晃人はうきうきした顔で曲の説明をしている。  これがこの人の好きな曲か。目を閉じて、流れてくる曲に耳を澄ます。 「どうよ?カッコ良くて痺れただろ!」 「え、別に」  ドヤ顔で満足そうに言う晃人に対し、素っ気なく言葉を返す柳。 「んなっ!そこは肯定するところだろ!?」 「少なくとも俺の好みじゃない」  なんだとー!とムカっ腹を立てる晃人。しかし次の瞬間、晃人は軽く振り上げた拳を制止させた。目に映る柳の表情に怒りがどこかへ行ってしまったのだ。あの柳が、温かみのある柔らかな笑みを浮かべているのだ。 「でも、晃人さんの好きな曲が聴けてよかった」 「……お、おう」 「あ、そろそろ時間じゃない?」 「あっ!ホントだ!急ごうぜ!」  スクリーンから流れる壮大な音楽。迫力ある映像。映画俳優の華麗なアクション。どれも話題になるほどの仕上がりだ。ストーリーも引き込まれる内容だと、ファンの間では高く評価されていた。  しかし晃人は話の内容が頭に入って来なかった。隣に座っている柳のことがどうにも気になって仕方がない。  CDショップで不意打ちに見せた柳の表情。ああいう表情もちゃんと出来るじゃないか。  最近は丸くなったというか、穏やかな雰囲気を纏うことも多くなったと思う。等身大の高校生らしさも感じるようになった。それでも、柳はあまり笑うことがない。軽く微笑む程度の笑みが見られたらめっけもの、それくらいレアなのだ。  でもこうやって改めて見ると、柳は整った顔立ちをしていると思う。澄ました顔をしていると余計にそう思う。けれど、やはり幼い頃の写真のように柳の笑った顔をもっと見てみたい。そう思ってしまう。  スクリーンの光に照らされる艶やかな黒髪。晃人は柳と初めて出会った時のことを思い出す。あの日もこんな暗がりの中で、月明りに照らされた柳の姿が際立っていた。  ジュースを飲む柳をじっと眺める。ストローをくわえるその唇。その唇を二人はいつも重ねている。思わずごくりと喉を鳴らした。  すると柳が視線をこちらに向け、人差し指を伸ばしてきた。晃人の頬に軽く突き立てると、柳は口角をほんの少し上げ、声を出さずに「見すぎ」と口を動かした。  気付かれていた。  上映が終わり、館内のライトが明るくなる。結局映画の内容はほとんど覚えていない。 「晃人さん、この後どうする?」 「そうだな、小腹空いたしどっかで飯食わね?」  こくりと頷く柳。近くに手軽な店がないか、スマホを片手に歩く晃人。後ろでチリンと自転車のベルが鳴った。自分が避けるよりも早く手を引かれ、気付くと柳の腕の中におさまっていた。密着する体。一気に顔が熱くなるのを感じた。 「晃人さん、歩きスマホ危ないよ」  最近自分の反応が何だかおかしい。なんてことない柳の一つ一つの動作に胸の高鳴りを感じてしまう。 「わ、悪い悪い!サンキューな!」  パッと腕をほどくと、ちょうど目に入ったラーメン屋を指差した。ここに入ろうと促しずんずんと歩みを進める晃人。柳は目を細め、その後ろ姿を見つめると、柳もその後に続いて歩いていった。 「うまっ!このラーメン結構いけるじゃん!柳は何にしたんだっけ?」 「しょうゆ。晃人さんは塩だっけ」 「おう!ラーメンは塩が一番好きなんだよ。そっちも美味そうだな」 「一口いる?」 「えっ」 「別に一口くらい、いいけど?」 「じゃあ…一口」  柳のラーメンを一口すする。思った通り醤油味も美味い。晃人は親指を立て、“美味しい”というジェスチャーを柳に向けた。 「そう、良かった」  そう言った柳の口元は緩み、晃人に穏やかな笑みを見せた。ドキリと胸が鳴る。また、この表情だ。柳も今日はいつもと違う。しぐさが優しくて、表情が柔らかくて、声も色が付いたように温かくて、ああ、何だかとても、愛おしい。  気付いたら柳の頭を撫でていた。 「……何?」  ハッと気付きその手を慌てて離す晃人。 「あっ、えーと、何か今日のお前雰囲気が違うなって思ってさ」 「……別に変わらないと思うけど」  柳はふいっと顔を背けた。 「しっかしこの店穴場だったな。チェックしとこ。今度また来ようぜ。他の味も食ってみたいし」  柳はその言葉にぴくりと反応した。 「……そろそろ出よう」  そう言って席を立つ柳。会計を済ませ、外に出る二人。すると頬に水滴が伝った。見上げると雨がぱらぱらと降り始めていた。 「うわ、マジか」  夕立だろうか。しばらくしないうちに雨足は強まり足止めを食らってしまった。  すぐに止むかと思ったが、一向に止む気配がない。この激しい雨では小さな屋根で凌ぐには心もとない。実際、じわじわと足元が染みてきている。柳をずぶ濡れ姿で電車に乗らせるわけにもいかない。そう思った晃人が一つの提案を口にした。 「柳、ちょっと走るけど、俺ん家来るか?」 「えっ」 「どのみちここに居てもずぶ濡れになるだろうし、雨止むまでの間俺ん家で休んでけよ」  柳は一瞬迷ったのか、目を逸らして少し間を置くと、再び視線を戻し頷いて答えた。 「……じゃあ、行く」
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