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Xmas Love Song
吐く息が白い。
浩也はぼんやりと夜空を見上げた。
夜の１０時をまわった住宅街はひっそりとしており、時折自動車が通る以外に、物音はしない。
『亜寒帯気候には針葉樹林が広がり、ツンドラ気候では吐く息が凍って音をたてます。これを、星のささやきといいます。』
あれは中学の授業で習ったのだったろうか。
立ちションしたら、チンポからツララが下がる、とクラスのお調子者が発言し、教室が笑いの渦に巻き込まれた。
あんな奴いたな、とちょっと思い出し笑いをする。
小さな笑いは夜空に吸い込まれていった。
星のささやきは聞こえない。
当たり前だ、ここはシベリアじゃない。
通りに面した二階建ての一軒家。
浩也は、明かりの灯らない真っ暗な窓を、じっと見つめる。
部屋の主は帰ってこない、待ち続けてもう一時間以上になるというのに。
耳がキンキンと痛み、爪先は既に感覚がない。
（ったく、どこに行ったんだよ…）
他の誰かといるのかもしれない、と一瞬思ったが、すぐ首を振ってその考えを打ち消した。
可能性のありそうな友人には一通り電話をした。
他に行く所があるとは思えない。
会いたかった、顔を見られればそれでいいような気がした。
それ以外何も考えることなどできない。
だが、彼は帰ってこない。
隣家の植木に巻き付けられた豆電球が、嘲笑うかのように点滅している。
立ち尽くして待つしかできない自分が滑稽だ。
浩也は電柱の影の、薄汚れた根雪の残骸を踵で踏みにじった。
ガリガリという虚しい音が静寂に響く。
寒い。奥歯をぐっと噛み締め、鼻をすする。
ここで風邪を引いたら、鼻からツララが下がるかもしれない。
ここは日本だけれど、猛烈に発達した寒気が上空を覆っているのだ。
空はシベリアと繋がっている。
あと可能性があるのはどこだろう。
浩也は街へと引き返した。
浩也が郡司と喧嘩をしたのは、ちょうど一週間前のことだ。
「ねえ、来週の水曜日、何の日だか知ってる？」
カレーをスプーンですくう手を止め、顔を上げて相手を見つめた。
おとなしそうな顔だち。上品な口は、いつもうどんを二、三本ずつしか啜らない。
「知ってる。」
それだけ言うと、浩也はカレーを再びかき込んだ。
さっさと昼飯を食べ終わり、次の時間の予習をしなければならない。
受験生は時間との戦いなのだ。
「クリスマスイブなんだよ。」
取りつく島のない浩也の答に、郡司は少し不安げに身を乗り出した。
箸を止めるな、と浩也は思った。
郡司はただでさえ飯を食うのが遅いのだ、昼休みが終わって授業に間に合わなくなってしまう。
「だから、それが？」
くだらない、アホなカップルがいちゃつく日だ。
それでなくても盛りのついた連中で街中が溢れかえり、路上で一目も憚らずチューしてる日常だ。
イブならアオカンもやりかねない。
「浩也はどう過ごすの？」
郡司はなおもしつこく食い下がる。
はあ、と浩也は盛大なため息を吐いた。
「別にどうもしない。俺、クリスチャンじゃないし。つーか、その対極にいるの、お前知ってるだろ？」
そう、浩也の家は寺なのである。
浩也は別にクリスマスが嫌いなわけではない。
信仰も何もない癖に浮かれ騒ぐ馬鹿が嫌いなのだ。
厳かな礼拝に集う信者たちには、敬意を払っているつもりだ。
もちろん、ラマダンを行うイスラム教徒に対してもそうだ。
今やグローバル社会、共生の時代なのだ、宗教同士でいがみ合ってはいけない。
だから浩也は、子供の頃からクラスや子供会主催の『クリスマス会』にもおとなしく参加したし、サンタクロースを無邪気に信じる友達に、『あれはお前のパパとママだ』などと真実を暴露して余計なショックを与えるようなこともしなかった。
浩也はサンタさんからのプレゼントなどもらったことなどなかったが、他人の信じるものを否定してはいけないということを、子供にして理解していた。
我ながら良くできた子供だった、と思う。
仏教徒の両親は寛大かつアバウトであり、基本的には浩也もその性質を受け継いでいる。
ただそのせいか、普段は自分の家のことは忘れられがちである。
「…その日っ、お、俺の家、誰もいないんだ。両親はアメリカ旅行が当たって明後日から出かけるし、姉貴は彼氏の所に行くからアリバイ工作ヨロシクって頼まれたんだ。だ、だから…」
浩也は郡司の言いたいことがなんとなく分かってきた。
要するに誘っているのだ。
郡司はすっかり食べることを忘れ、綺麗なアーモンド型をした二重の瞳をきょろきょろさせ、落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。
初めて『つき合ってほしい』と言われた時も、郡司はこんな様子をしていた。
同性に告白されて些か驚きはしたものの、浩也は特に嫌悪や抵抗を感じることはなかった。
寺だって大昔は稚児に奉公させていたという史実があるし、男色も日本の文化の一つだと思っていたからだ。
浩也自身、見知らぬ後輩に『写真を取らせてください』とせがまれたりした経験もあったし、男子高だったので男同士でつき合っている連中の噂も、時折耳に入ってきた。
端から断るのも悪いと思いつき合い始めた浩也だったが、郡司の穏やかで素直な言動と、その奥から時折覗く芯の強さに、いつしか気持ちは傾いていった。
勉強と称して、インターネットで男同士でのエッチのノウハウを調べたりもした。
もっともその知識はまだ実行には移されていない。
キスまでは順調に進んだが、そもそも二人とも自宅生なのだ。
男二人でラブホテルというのもなんだか憚られたし、郡司がオクテなこともあり、なかなかそういう所までは至らなかった。
部屋に遊びに行っても、唇を重ねるのが限度だった。
ようやく最近、服の上から尻や乳首を触ったり、ズボン越しに昂りを押し付けあったりという所までこぎつけたが、なにしろ郡司が恥ずかしがるし、家族がいるのだと思うと気もそぞろになってしまう。
ようやくその気になったのか、と浩也は一瞬うれしくなったが、しかしなぜそのＸデーをクリスマスイブに設定したがるのだろう？
あまりにも俗っぽすぎる、アホと一緒になってしまうではないか。
「ふーん、それで？」
いじわるな反応だと浩也は後に自分でも少し反省したが、思わずそんな返事をしてしまった。
受験の追い込み期に入り、気持ちにも余裕がなくなっていた。
エッチをしたい気持ちはあったが、郡司を見つめると躊躇う気持ちもあった。
うどんを一度に２、３本しか啜れない小さな口では、とても自分のモノを銜え込むことなど無理じゃないかと思うし、あの食の細さでは、きっと下の口だって似たような慎ましさだろう。
つい最後まで見てしまった、モザイクなしのゲイ動画のシーンに郡司と自分を重ね合わせ、浩也の股間はズキンと痛んだ。
相手に辛い思いはさせたくないと、自分だってそれなりに我慢してきたのだ。
「それでって…」
自分の気も知らずに、クリスマスに浮かれる郡司を、すこし苛めたくなった。
「俺、推薦が決まってるお前と違って受験生だしさ。その日だっていつも通り図書館が閉まるぎりぎりまで勉強するつもりだし。それとも疲れ切った俺のこと、ヘルス嬢みたく慰めたりしてくれんの？」
寺の息子にしちゃ、ずいぶんな言葉を投げ付けたものだと、浩也が後悔した時には遅かった。
伸びきったうどんを置いて、郡司がガタンと席を立つ。
「あ、冗談…」
「…言っていいことと悪いことがあるだろ。」
静かだが怒りのこもった声。
顔は能面のように蒼白で無表情だったが、だからこそ一層怖かった。
「もう金輪際、浩也の勉強の邪魔、しないから。俺、B組の島本に、一緒に過ごさないかって誘われてたんだ。今から返事してくる。」
振り向きもせずにそう言うと、郡司はそのまま食堂を去っていった。
いつもなら頼りなげに見える背中が、怒りのオーラを発している。
完全に自分を拒否しているのを悟り、浩也は後を追うことができなかった。
「どうした、元気ないなあ。トンカツ、食わないならもらうぜ。」
「もう、どうしたのよ、あんたが食欲ないなんて。せっかく作ってあげたのに。」
後悔と自己嫌悪でいっぱいの浩也に、両親が能天気な声をかける。
「うるせえな、このクソ坊主。」
「うわ、親に向かってその言葉。どうする、法子さん。」
「いやあねえ、反抗期かしら？」
「イライラしているのなら、お経でも読みなさい。落ち着くから。」
「写経をするのも効果的よ。」
「だから、うるせえって言ってんだろ！」
キレる浩也に、両親は肩を竦める。
「浩也、機嫌が悪いからってそんなふうに親に当り散らすのは甘えだぞ。」
「そうよ、受験生だからって、神様じゃないんだから、人に不愉快な思いをさせないでちょうだい。」
ヘラヘラしているようで正論を突いてくる両親に、反論することもできず、浩也は部屋に引きあげた。
苛立って勉強が手に付かず、机にゴンゴンと頭を打ち付けていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「浩也、ちょっといい？」
「おかん…」
「はい、夜食。あんたさっき晩ごはんほとんど残したから、お腹が空いてきたんじゃない？」
差し出された握り飯を、浩也は黙々と食べた。
「なにがあったか知らないけど、お父さんもお母さんも、浩也を見守ってるのよ。でも助けてはやれないから、自分でなんとかしなさいね。」
言いたいだけ言って部屋を去ろうとする母親に、浩也は声をかけた。
「あのさ、俺、トモダチにクリスマス一緒に過ごそうって言われて、アホらしいしめんどくさいしで、ちょっとムカつくこと言っちゃって、ケンカした。」
「ああ、彼女に振られて気が立ってたのね。」
鋭い。
肝心な所をちょっと外しているものの、母親は容赦なく核心を突いてきた。
彼女じゃない、でも恋人だ、完全に振られたのでなければ…やはり自分は振られたのだろうか、そりゃ振られても当然のことを言ってしまったのだから仕方がないのだが。
浩也は、はあ、と盛大なため息をついた。
「あのね、浩也がクリスマスを祝ったからって、別に罰当たりだとは思わないわよ、お母さんは。お父さんだってお説教頼まれる時、けっこう色んな宗教やらごちゃまぜにして言葉引用してたりするしね。そりゃ、あんたが改宗したってなればお父さんはショックかもしれないけど。」
母親はいったん言葉を切って一息つくと、そのまま続けた。
「別に無理してお父さんの仕事継ぐこともないのよ。あんたはあんたなんだから、自分の信じたいものを信じればいいと思うわ。したいようにしなさい、でも責任は自分で取るのよ。」
責任の取れないようなひどいことを言って、振られてしまったのだ。
クリスマスがどうのこうの、という問題ではない。
したいように…浩也の頭に浮かぶのは、郡司の顔だけだった。
会いたい、会ってごめんと謝りたい、仲直りしたい。
しかし、数日後廊下で見かけた郡司は、B組の島本と親しげに談笑しながら歩いていた。
もはや手後れだった。
そのまま終業式を迎え、浩也はどんよりとした気持ちで冬休みを迎えたのだった。
『オホーツク海付近で、猛烈に発達した冬型の気圧配置が…』
朝の天気予報をテレビが伝えるの聞き流しながら、浩也は出かける支度をした。
もちろんデートではない、自分の言葉に忠実に、図書館で勉強するためだ。
玄関で靴を履いていると、母親が寄ってきた。
「浩也、ちょっと。はい、これ。」
「はいって、ちょっと、コレ…」
手渡されたのは『サガミオリジナル』と書かれた箱だった。
「お父さんもお母さんも、余計な殺生は嫌いだから。後で中絶騒ぎにならないように、避妊だけはきちんとしてちょうだいね。」
相手は男なのだから妊娠するはずないとも言えず、そもそも孕ませるような行為をする以前に、手を握ることさえもう許してはもらえない状況なのだ。
「おかん、俺、図書館に勉強しに行くんだけど…」
「あ、遅くなった時は自分で玄関開けられるように、鍵もっていきなさいね。たまにはお母さんたちも夫婦水入らずでラブラブしたいから、無理して帰ってこなくてもいいわよ。」
「……」
何を言っても無駄なことを悟り、渋々とコンドームを鞄にしまおうとした所で、ふとパッケージの裏側が目に入る。
「ファイト一発！！健闘ヲ祈ル。」
油性マジックででかでかと書かれた汚い筆跡を見つけ、浩也は朝っぱらから何とも言えない疲労感を覚えた。
「…あのクソ坊主。」
母親に聞こえないように小さな声でこっそり悪態をつくと、粉雪のちらつく中、浩也はポケットに手を突っ込んで出かけた。
図書館は、いつも勉強しに来る休日よりも少し空いていた。
浩也は机に問題集を広げてみたものの、問題に没頭することができず、気がつくと時計ばかりを見つめていた。
集中力がまったくない。
こんな日に限って、時計は壊れているんじゃないかと疑いたくなるほど、いつもの何倍も進むのが遅いように思えた。
今まではいつも、郡司と二人で図書館に来ていたのだ。
既に受験が関係ないにも関わらず、郡司はいつも浩也に合わせ、図書館で一緒に勉強してくれていたのだ。
その気遣いに感謝することもなく、当然のように思っていた。
——俺ってバカだ。
浩也は一層落ち込みを深めた。
一人で過ごす図書館の時間はかくも長いものだったのか。
やがて日がとっぷりと暮れたころ、「螢の光」が館内に流れ、浩也は追い出されるように図書館を後にした。
クリスマスのネオンが、街中を華やかに照らし出している。
寒い。電光掲示板が示す気温は、零度を下回っている。
時折、思い出したように粉雪が降っては止み、を繰り返していた。
そんな寒さにめげることなく、手を繋ぎ、腕を組んだカップルがわんさかと街に繰り出していた。
スカートの下にサツマイモ色のジャージを履いた、埴輪のような恰好のブスな女子高生までもが、カップルで歩いている。
『そういえば東京はあったけえから、冬でも女子高生はナマ足なんだってさ。』
終業式で、隣の列に立っていた生徒がこっそり教えてくれた『情報』を思い出す。
雪国ではとても信じられないことだ。
こんな時にそんな話題を思い出す自分が虚しくなった。
歩いているだけで、気が滅入る。
こんな日はさっさと家に引きこもるに限る。
気晴らしに雑誌でも買おうとコンビニに立ち寄ると、陳列棚にコンドームのパッケージを見つけてしまった。
ふいに、出がけに母親に手渡されたときのことを思い出し、胃が痛くなった。
まだ宵の口だ、こんな時間じゃ家に入れてもらえるとは思えない。
当てもなく街中をうろついていると、通りすがりのパチンコ店から、男が飛び出してきた。
何やら悪態を吐きながら、男は看板に蹴りを入れている。
大金をすったのか、相当機嫌が悪そうだ。
男がふと振り向き、浩也と目があった。
「あ！」
B組の島本ではないか。
「てめ…」
「郡司は？今日、一緒のはずじゃ…」
島本の目が血走っている。
「てめえ、その口でそれを言うかぁ！！」
島本が浩也の胸ぐらにつかみかかる。
酒臭い息が浩也の顏にかかった。
「くそ、一発殴らなきゃ気が済まねえ！」
避ける間もなく、島本の拳骨が顔を直撃した。
ガツっと鈍い音を立て、浩也の身体が地面に沈んだ。
何が起きたのか浩也が理解するよりも前に、島本は去っていった。
道をゆくカップルに好奇の目で見られながら、浩也はふらふらと身を起こした。
人がこんな目にあわされたというのに、誰一人『大丈夫ですか』と声もかけてこない。
やはりクリスマスにいちゃつくカップルなんてサイテーだ、と浩也は思ったが、ここでかいがいしく助け起こされるのもみっともないので、見て見ぬふりをされている方がまだマシなのかもしれない、と思い直した。
突然の嵐のような出来事でよく分らないが、島本の荒れっぷりから察するに、彼は振られたのだ、郡司に。
郡司…。
浩也は身を翻した。
島本と一緒じゃないなら、どこにいるんだ？
独り、家族のいない家で、寂しく過ごしているのだろうか？
しかし、辿り着いた郡司の家は、誰もいなかったのである。
何時間待っても帰ってこない郡司を求め、浩也は街中を探しあぐねた。
二人でよく立ち寄るファーストフード店、若者の集う駅ビル、ゲームセンター…。
だが、どこにも郡司の姿は見当たらない。
とうとう、夕方まで勉強していた図書館と合同庁舎のある街外れまで来た時に、浩也はようやく郡司を見つけた。
図書館のエントランス前の階段で、郡司は膝を抱えて座っていた。
「…郡司！」
駆け寄ってくる浩也の姿を、郡司はぼんやりと見つめた。
「なんでここに…？」
「それはこっちの台詞だ！いつからここにいたんだ？なんでこんな冷たくなるまで外にいたんだよ。どれだけ心配したと思ってるんだ？どうして…」
凍えた郡司の身体を、浩也は抱きすくめた。
互いの身体に巻き付けた腕は冷え固まり、それは抱擁と言うにはあまりにもぎこちないものだった。
「…浩也、なんでここに来たの？」
「探してた、ずっと。お前、待っても帰ってこないし。なんだってこんな所にいるんだよ？」
「…気がついたらいつの間にか来てた。ここに来れば浩也に会えるって思ったんだろうね。でも、もう閉館した後で、真っ暗で。ああ、一足遅かったって思った。もう手後れなんだって思ったら気が抜けて、動けなくなっちゃった。」
「バカだな、お前。いや、違う、バカなのは俺だ。俺、お前の気持ち、これっぽちも分ろうとしないで、つまんない意地はって。本当はお前があんなふうに言ってくれたことがうれしかった。それなのに、素直に抱きしめることができなくて、お前が傷つくようなこと言って。…ごめん、本当にお前のこと、好きなんだ。大切にするから、俺から離れていかないでくれよ。」
「…初めてだね、浩也からそう言ってくれるの。」
そうだったろうか、浩也は記憶の山をひっくり返す。
告白してきたのは郡司の方だった、初めてキスした時、『いいだろ？』くらいの言葉をかけただけで、その後好きだと言ったかどうかは定かではない。
—ああ、俺って最低。
浩也はつくづく思った。
再び夜空を舞いだした雪の仕業か、郡司の睫毛が濡れている。
凍ってツララになったら大変だ。浩也が唇を寄せて雫を嘗め取ると、塩辛い味がした。
「俺、分かってたんだ、浩也は俺と違って、別に男が好きなわけじゃない。俺とつき合い始めたのだって、ただ断る理由がなかっただけだろう？」
浩也は何も答えられなかった。
「今は男子高だけど、大学に入ったら浩也は女の子に囲まれて、俺から離れていくんだろうな、ってずっと不安だった。その前に浩也を繋ぎ止めておきたかった。こういうきっかけに乗じて、既成事実を作っちゃえばどうにかなるような気がして。サイテーだね、俺。風俗嬢より、よっぽど質が悪い、浩也に呆れられて当然だって思った。」
「ちがう、そんなふうに言うなよ。俺が悪かったんだ、自分のことで頭がいっぱいで、お前の優しさにも不安にも、気づくことができなかった。
俺、お前のことが本当に好きなんだ。抱きたい、いつまでもそばにいたい。この気持ちは嘘じゃない。クリスマスイブだろうが仏滅だろうが関係ない、性別が男とか女とか、そんなこと問題じゃないんだ。ただ、好きなんだ。
俺のこと、許してほしい。俺のこと、受け入れてくれ。お前のことずっとずっと抱きたいと思ってた。」
「浩也…。」
郡司の家まで戻るのも待てず、浩也は最寄りにある街外れのラブホテルに郡司をそのまま連れ込んだ。
爪も髪も凍るように冷えきった郡司を、湯を張ったバスタブに入れ、自らもシャワーを浴びる。
むせ返るように立ちのぼる湯気の中で、唇を重ね、貪りあった。
「のぼせそう…」
滑らかな肌を紅潮させ、顔を浩也の肩に埋め、郡司が呟いた。
「ベッドにいきたい…。」
白いシーツの上で、キスを繰り返し、唾液を啜りあいながら肌を密着させる。
立ち上がったモノを互いの腹に擦り付け、先走りで汚しあう。
熱っぽい潤んだ瞳に誘われるように、浩也は唇を乳首から臍、腿、下腹へと這わせ、滑らかな肌を啄んだ。
臍の下の茂みをくすぐり、萌し始めた欲望を口に銜える。
「んっ…」
鼻に抜けるような甘い声を漏らし、郡司が身を捩る。
陰茎を唇でしごき上げ、亀頭をそっと甘嚼みし、蜜の溢れる先端の継ぎ目を啜る。
「あ…っ、ダメっ、あ、いくっ」
口に溢れ出す欲望を、浩也はごくっと音を立てて嚥下した。
一瞬朦朧としていた郡司が、うろたえたように目を見開く。
「うそ…浩也、飲んだ…？ごめっ…」
浩也は苦味の残る口で、郡司の唇を塞ぎ、ねっとりと舌を絡めた。
「口直し。」
「…へんな味。」
「自分のだろ。」
「人のだったら美味しく感じるのかな。」
郡司が浩也の股間に唇を寄せた。
猛々しく反り返った大きさに、郡司は一瞬躊躇ったが、小さな口を開くと、先端にすっぽりと被せた。
ぴちゃぴちゃと音を立ててしゃぶりながら、口に入りきらない竿の部分を手で扱く。
いつもはうどん三本の口にこの大きさはきついだろうと思い、浩也は腰を引いた。
問いかけるような眼差しに、
「舌で舐めて。裏筋とか、先とか…」
欲望に掠れた声でねだり、郡司の濡れた黒髪に手を入れると、郡司は小さく微笑んだ。
尖った赤い舌が、根元から先端を行き来し、尿道をつつくように刺激する。
「っ、俺も、いきそう…郡司、ちょっと待っ…」
浩也は郡司の口から腰を引いたが、唇に先端の張り出した部分が引っ掛かった勢いで刺激が走り、こらえ切れずに勢いよく射精した。
「んっ、っ」
迸り出た白濁が郡司の頬を汚し、ゆっくりと顎まで伝い落ちる。
「あ、ごめん…」
郡司は頬を濡らす精液を指で掬うと、それを口に含んだ。
神妙な顔をして味わい、尖った舌で汚れた唇も舐めた。
「やっぱり、あんまり美味しくないね。」
「俺は旨かったよ。」
浩也は再び郡司の口を、息が上がるまで貪る。
「郡司、尻、こっちに向けて。」
「…うん…」
顔を上気させながら、郡司は跪いて俯せになり、密めた部分を浩也に曝した。
白い尻を左右に割ると、固く閉ざされた入り口が微かに色づいて見えた。
部屋に備え付けのローションをたっぷりと手に取り、塗り込めていく。
「…あっ、」
くるくると円を描くように淵をなぞると、郡司の身体が震えた。
「気持ち悪い？」
「…ううん、平気。っ、はっ、…あ、でも、なんか変な気分…。」
「自分で弄ったこと、ないの？」
恥じらうように郡司が首を振る。
「っ、浩也が初めて…だよ、あっ」
ローションの滑りを借りて、指を一本挿入させた。
「中、すげー熱くなってる。」
浩也が指を小刻みに震わせると、郡司の腰もつられるように揺れる。
柔らかく蕩け始めた入り口を押し広げ、ローションを注ぎ足すともう一本指を飲み込ませた。
くちゃくちゃと音を立てて中を掻き混ぜると、郡司のペニスが再び力を持ち始めた。
「気持ちいいのか？」
浩也のいじわるな問いかけに、
「っ、はっ、そ、そんな、わからない…」
熱にうなされたように、郡司は息を荒げるばかりだ。
浩也は指を抜き取ると、見せつけられた郡司の痴態にすっかり興奮し、勢いを取り戻したペニスを当てがった。
「入れるよ…」
狭い入り口を押し開き、強引に腰を進める。
「う、あ、ああっ」
郡司の背中が撓った。
「すげ…きつくて熱い。ぎゅうぎゅう絡み付いてくる…気持ちいいよ、郡司…」
根元まで埋まった肉をくびれの辺りまで引き抜き、再び勢いを付けて奥を穿つ。
接合部から濡れた音を響かせながら、浩也は何度も激しく抽出を繰り返した。
「あ、んっ、そこっ」
一点を抉るように腰を打ち付けると、 郡司が嬌声を上げ、浩也のモノを引き絞るように腸壁が蠢いた。
もはや自制も効かず、浩也は郡司の中に精を解き放った。
力が抜け、ぐったりとシーツに倒れ込んだ郡司の腹も、自らの欲望でぐっしょりと濡れていた。
目が覚めると見なれぬ天井とカーテンに驚き、浩也はがばっと身を起こした。
隣に横たわる郡司を見つけ、そう言えばラブホに泊まったんだ、とようやく思い至る。
時計を見るとまだ朝の７時前だ。
街はまだ眠っている。静かだった。
もう一度横になり、郡司の顏を見つめた。
時折、しゃんしゃん、という軽い音が窓の外を通り過ぎるのが聞こえた。
バスはもう動いているらしい。
「雪が積もったんだね…」
少し掠れた郡司の声。
目を覚ました郡司も、浩也と同じことを考えていたようだ。
タイヤに滑り止めのチェーンを巻き付けた車が、音を立てながら雪道を走っているのだ。
「チェーンの音ってさ、サンタが乗ってるトナカイの橇の音みたいだよね。」
「聞いたことあんのか？」
「ないよ、でも、きっとこんな音だよ。」
しゃん、しゃん、しゃん、しゃん…
もしかしたら、窓を開けたら、橇を引いたトナカイが走っているのかもしれない。
トナカイが雪を蹴る度に、しゃんしゃんと鈴が鳴るのだ。
浩也は、腕の中に抱きしめた恋人に唇を寄せた。
１８年目にして初めてサンタクロースにプレゼントをもらった、と考えるのも悪くないような気がした
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