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リュシアンの覚悟
僕は、貴女を守りたい。
あのとき、僕は貴女を危険から遠ざけることを決めたんです。
「王宮特別魔法士へのご就任、おめでとうございます。師匠」
「ふふ! ありがとうリュシアン」
これは僕の記憶。
小さい頃に死にかけていた僕を拾ってくれた師匠が、王宮魔法士の中でも魔法の扱いに長けている特別な者にだけ与えられる『王宮特別魔法士』の称号を手にしたとあって、僕達が暮らす家でささやかにお祝いをしていた。
「ですが特別魔法士になると危険な任務も多くなると聞きます」
例えば凶悪な魔物の討伐だとか、通常の魔法士では対処しきれない案件にも駆り出されるのが特別魔法士だ。
王宮特別魔法士は師匠が昔から憧れていたものだから、就任自体は僕も嬉しい。
だけど、危険が増えるとあっては手放しでは喜べない。
「そんな顔しないでリュシアン。私はあなたを置いて死んだりはしないから」
無意識に嫌そうな顔でもしていたのか、師匠に注意されてしまった。
すみません、と顔を上げて師匠を見れば、彼女は深緑の目を細めて笑顔を見せた。ふわりと笑うその顔はとても綺麗で、思わずドキッとしたのを覚えている。
……ああ、師匠。
僕は貴女の笑顔が好きだった。
貴女は僕をいつまでも子供扱いしていたけれど、僕の目にはいつからか、貴女は素敵な女性として映っていたんです。
まさかこの数ヶ月後に、冷たくなった姿で帰って来るなんて思ってもいませんでした。
魔物討伐に出向いたところ、仲間をかばって心臓を一突きされて即死だったと、師匠の亡骸を運んできてくれた魔法士の人が教えてくれた。
ふわりと笑う師匠ともう会えない。話すこともできない。
僕を置いては死なないと言っていた師匠が、こうも呆気なくこの世から消えてしまうなんて、僕は想像もしていなかった。
どんな手を使ってでも、師匠が特別魔法士となる道を断つべきだった。
いっそのこと王宮魔法士も辞めさせれば?
いいやもっと言うなら。
──魔力を全て、奪えば良かった。
そうすれば師匠は危険な目にも遭わず、死なずに済んだはず。
魔法から切り離してしまえば、師匠はもっと長く生きられたはずだ。
この世に一人残された僕は、沈んだ心でその考えに至った。
そして、ある書物に手を伸ばした。
この家は、魔女の住む家と言うだけあって、書斎に行けば所狭しと魔法関連の書物が並んでいる。僕は小さい頃、絵本代わりにそれらを読み耽っていた。
でもその中には、禁忌とされる魔法が載っている書物もあった。師匠には、子供にはまだ早い、と言われて禁忌魔法の書物は取り上げられたけど。実は師匠の目を盗んでこっそり読んでいたんだよな。
読むなと言われると読みたくなるのが人間の心理なので。
僕の記憶が正しければ、あの魔法を使えば現状を変えられる。
そう考えて、手に取った書物をパラパラと捲っていく。
「これだ」
目当てのものを見つけた瞬間、僕の瞳に光が灯った。
開いたページにはこう書いてある。
『死に戻り魔法』
自分の血で下図の魔法陣を描き、その上で下記の呪文を唱える。
すると、今代の命と引き換えに、魂だけ戻りたい過去に戻ることができる。
※ただし、この魔法はその魂で一度きりしか発動できない。
「これで戻ろう。まだ師匠が生きていた時代に」
僕が貴女の弟子として、魔法を学び始めたあの頃に。
魔法士になりたいとも思っていなかった僕は、生活に便利な魔法を使えるレベル。だから次はもっと魔法を極めよう。
攻撃魔法、守備魔法、それから契約魔法も覚えて使い魔も従えよう。使い魔は師匠が喜びそうな可愛い見た目で強い魔物を選ぼう。あ、ケルベロスなんかどうだろか。
それから、相手の魔力を根こそぎ奪う魔法も調べないと。これが一番大事だ。
そして、魔力を奪うタイミング。
王宮魔法士の給料はそれなりに良くて、うちの家計は師匠が魔法士として稼いでくれたお給料で支えられていた。ならば僕が師匠に代わって王宮魔法士になれば、生活費面で困ることはない。
そうすると、学園を卒業するタイミングになるだろうか。……うん、魔力は魔法士の入試日辺りで奪うのが良さそうだ。
僕は頭の中で綿密に計画を練った。
一度きりの死に戻り。
次こそは師匠を死なせないよう、しっかりと入念に。
「待っててくださいね、師匠」
そして僕は、一度目の人生に幕を下ろしたのだった。
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