さくら舞う旋律

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地面の水溜まりに、茜色の夕陽が映っている。 烏の鳴き声が漂う中、私は目の前の彼に頭を下げた。 「私と、一緒に歌ってくれませんか」 彼はいきなり頭を下げられて驚いたのか、一つ間を置いてから口を開いた。 「えっと、どちら様でしょうか」 「あ……私は高宮(たかみや)桜良(さくら)と言います。高校一年なんですが、ある夢があるんです」 「……へえ、夢って何?」 「共に春を歌う相棒を、見つけること」 彼は息を吸う。 しかし、返事は聞こえなかった。 先程から落としていた視線を彼の顔へ向けてみる。 彼はずっと目を閉じていた。 「あの……」 「ああ、ごめんごめん。相棒、見つけたいんだね」 「はい。さっきまでの弾き語りを聴いて、貴方しかいないと思ったんです」 「そっか。生憎、俺は君が見えなくてさ。ちょっと不安なんだよ。君が本当にその目的で俺に声を掛けたのか」 「目が……見えないんですか?」 段々と薄暗くなってきた街に静寂が訪れた。 雨に濡れたアスファルトの匂いが、鼻をくすぐる。 「ごめんなさい、失礼なことを――」 「いや、気にしないでいいよ。もともとその話題を出したのは俺だし」 彼はアコースティックギターをケースに片付けながら答えた。 目が見えていないにも関わらず、その動作は比較的正確で無駄がない。 もう何回もその動作をこなしているのだろう。 「どうすれば、信じてもらえますか?」 「そうだな……。そうは言っても、俺が判断できるのは耳だけだから――」 そのとき、彼の顔が少し上がった。 その顔から少し笑みが零れる。 「君の歌、聴かせてよ」 「歌……!」 「どうせ話を聞いても、事実を言ってるかどうかなんて分からないし。それなら、もう歌を聴いた方が確実かなってさ」 「分かりました。歌います!」 私は背負っていたアコースティックギターを下ろす。 肌身離さず持っている私の片割れ。 この日を待っていたかのように笑っている。 「この音は……アコギ?」 「はい。いつも持ち歩いてるので」 漂う空気を肺に詰め込む。 ひんやりとしたそれは、火照った体を冷やす。 フレットに指を添え、鳴り響く心音を感じながら口を開いた。 私の声と温かいアコースティックギターの音が、夕日の差し込む街に降り注いだ。 赤く色付いた空や木々を春の色に染めてゆく。 私がいるのは桜の下だ。 ずっと夢見ているあのステージだ。 口を閉じると共に、季節は秋へと戻った。 恐る恐る彼の方を見る。 高鳴る心臓は、まだ静まろうとしない。 「君の声……すごく綺麗だ。いいよ、俺と一緒に歌おう」 「ホントですか……?ありがとうございます!よろしくお願いします!」 「ああ、よろしく」 目を閉じながら微笑んだ彼に、私は近くの公園に行くことを提案した。 私は彼を誘導するように歩き始めた。
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