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公園のベンチに座った私は、小さく息を吐いた。
妙に五月蝿い心音を誤魔化すかのように、肺に酸素を詰め込み口を開く。
「私、ずっと探していたんです」
「相棒を?」
「はい、貴方みたいな声を持つ方を」
「そうか、声か……。俺にとって、声は一番大事なものなんだ」
真剣な眼差しを彼に向けても、彼の顔はこちらに向かない。
ただ、彼の美しい声だけが私の耳を撫でた。
或いは、私の声も、彼の耳を撫でていたかもしれない。
「私にはもう一つ、夢があります。毎年、春に開催される小さな野外ライブで、心に決めた相棒と共に歌うこと」
幼い頃からの夢だった。
親に連れて行ってもらって見た、あの素晴らしい景色が忘れられなかった。
暖かい春、咲き誇る桜の下で、私はあのステージに立ちたい。
私達が奏でる音楽を聴いてもらいたい。
「もしかして、桜の丘公園で開催されるさくらフェスのこと?」
「そう、それです!ご存知だったんですね」
「少し前までは俺もそれを目標にしてたからね」
心做しか、彼の表情が曇る。
過去形で紡がれた彼の言葉は、私に疑問を生んだ。
「諦めたんですか……?」
「目が見えなくなって諦めたよ。でも、何故か今なら、もう一度挑戦出来る気がする」
「それじゃあ――」
「うん、一緒にあの桜の下で歌おう」
「ありがとうございます!」
彼の曇っていた表情が解けた。
釣られて私の口元も緩む。
「そういえば、名前まだ言ってなかったな。俺は西野大樹」
「改めて、私は高宮桜良。星見台高校の一年です」
「星見台高校?俺と同じだね」
「え……?」
また心臓が跳ねた。
今まで気付いていなかったが、確かに彼は星見台高校の制服を着ていた。
今日の私は一体どうしたのだろう。
心臓が跳ね、体が淡い熱を帯びる。
緊張で頭が真っ白になってしまう。
「俺は二年だよ。あ、そうだ。年上だけど敬語使わなくていいよ。相棒になりたいんだろ?」
「はい……じゃなくて、うん……」
彼の口から相棒という言葉が出ただけで、またどきりとしてしまう。
もう先程のように、彼の表情を見ることは出来ない。
「まあそのうち慣れるよ。じゃあ曲作りは学校でしようか」
彼は落ち着いた声色で話した。
耳を撫でるその淡い声がくすぐったくて、私はただ頬を染めて俯くことしか出来なかった。
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