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無機質な目覚まし音が部屋に鳴り響く。
私は薄く目を開き、体を起こした。
数秒後、昨日の記憶が蘇る。
あの爽やかな春の音が、記憶に乗ってやってくる。
「夢……じゃない」
耳を撫でたそれは、確かに現実のものだった。
夢かと思ってしまうほど、淡くて儚かったが。
起床後数十分。
冷水を顔に叩きつけたり、食事をとったりしたにも関わらず、私はぼうっとしていた。
母に急かされ、バタバタと足音を立てて家を飛び出す。
そんな日常と離れた出来事が、何となく私の心を弾ませた。
そわそわと過ごした一日も、傾き始めた太陽と共に終わりへ近付く。
私は足早に食堂へ向かっていた。
そこには、既に彼がいた。
放課後に曲作りをするという約束だ。
「大樹くん、来てくれたんだね」
「桜良か。もちろん、これは桜良の手助けであり、俺の夢でもあるんだから」
彼の傍にはアコースティックギター。
私のそれも、同じように椅子に立てかける。
高鳴る心臓が、彼の声をかき消して邪魔をする。
「じゃあ、曲作り始めようか」
「そうだね!」
私達が作る曲。
それは、春を届ける曲。
桜舞う旋律を、あのステージで。
私達は、共にアコースティックギターを持っているということで、比較的遅いテンポで語りかける曲をテーマに作り出すことにした。
私は歌詞を、彼はコード進行を練る。
音に込めて伝えたいことは何か。
あの桜の下で歌いたい心は何か。
自然に溢れ出した文字を綴っていく。
「桜良はさ、どうして音楽を始めたんだ?」
私が動かすペンの音が止まったからか、彼は尋ねた。
その優しい声で、いつの間にか入っていた肩の力が抜ける。
「私は……あの桜の下で歌いたいって思ってから、自然に音楽の世界に入った感じかな……」
「そっか。やっぱりそうなんだ。……なあ、使うコードだけど、やっぱり春っぽいのがいいよね」
私の声のトーンが落ちているのに気付いたのか、彼は話題を切り替えた。
「そうだね。個人的にGコードは欲しいな」
「明るくて、春っぽいからね。俺もGコードは好きだよ」
時間は流れるように過ぎる。
手と脳を動かし続け、疲れの色が見え始めた頃、外はもう暗くなっていた。
「あっ、もうこんな時間だ」
「今何時?」
「もうすぐ六時だよ。外も暗くなってきてる」
私が時間を教えると、彼はひたすら動かしていた手を止めて小さく息を吐いた。
私も彼を真似て息を吐く。
「疲れたね。今日はそろそろ帰ろうか」
「うん。付き合ってくれてありがとうね」
「ああ、楽しかったよ。完成が待ち遠しい」
彼の優しい言葉に心が温まる。
広い食堂に二人きり。
まだぎこちない雰囲気さえも、くすぐったくて楽しい。
「お疲れ。また明日」
「うん、また明日ね!」
私だけに贈られた報いの言葉に、また頬を緩ませながら彼と別れる。
彼は白い杖を動かしながら私と反対の方面へ帰っていった。
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