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本格的に秋の風が吹き始め、私達の距離も縮まってきた。
しかし、そんな私達の前に壁が立ちはだかる。
「桜良、メモお願いしていい?」
「うん。言っていいよ」
「Gの次はAmで、その次はC」
彼は目が見えないため、コードを暗記してギターを弾くのだが、彼にも限界があり何もかも覚えることは不可能だ。
メモをとるのにスマートフォンを使うという手もあったが、打ち間違えてしまえば、せっかく思いついたアイデアが水の泡となってしまう。
そこで、彼が覚えきれない分をメモするのを、私の役目とした。
しかし、その作業を行うことで私の手が止まってしまう。
春にはなかなか近付かなかった。
「ねえ、大樹くんはどうして音楽を始めたの?」
彼が手を止めて小さく息を吐いたのを見て、私は尋ねた。
これは曲を作り始めた日、彼にされた質問だ。
時はゆっくりと流れている。
「実は俺も……あの桜の下で歌いたいって思ってギターを買ったんだ」
「そうだったんだ!同じだね」
「バンド組んで、なかなかいい曲を作った。大会で賞を取ったりもした。それなのに……」
彼はいつの間にか俯いていた。
どうしてこんな話題を出してしまったんだろう。
後悔の波が私を襲う。
しかし、代わりの話題は思いつかない。
私は口すら開けなかった。
胸がずきりと痛む。
「さくらフェスの一ヶ月前、俺には世界が見えなくなった」
重い言葉が胸に突き刺さった。
そのときの彼の気持ちが、波のように伝わる。
彼の目から雫が落ちた。
「あ……ごめん、雰囲気悪くしたな」
「そんなことないよ!相棒のことはしっかり知っておかなきゃ。大樹くんが一人で抱え込む必要ないんだよ」
「時々、桜良は姉っぽくなるよね」
必死で想いを伝えると、彼に笑顔が戻った。
溢れる涙も花びらに変わる。
彼の心は軽くなっただろうか。
私達は、素敵な春を歌えるだろうか。
窓の外で落ちる枯葉も、今は少しだけ美しく見えた。
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