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曲を作り出してから数ヶ月。
窓の外には降り注ぐ雪が見える。
春を届ける曲は、春の訪れと共に完成するだろうか。
さくらフェスへのエントリーが無事完了し、胸が高鳴る日々が続いている。
「ここ半音下げてみるのはどうかな?」
「あ、それいいな。ちょっと弾いてみるよ」
ひんやりと冷える食堂にアコースティックギターの温かい音。
変更後のフレーズが気に入ったのか、彼はそのままサビの部分を歌い出した。
静まり返った部屋に春が訪れる。
「どうだった?」
「素敵……。春の匂いがしたよ」
私は嬉しそうに微笑んだ彼を見つめた。
彼の声に惚れたはずなのに、気付けばもう、彼の姿にも愛おしさを感じる。
しなやかな細い指から奏でられる音。
子鳥のさえずりが聞こえてきそうなメロディ。
彼を選んでよかった。
春はすぐそこだ。
「ねえ、大樹くん」
「どうした?」
「いつも思ってたけど、なんで声の主が私って分かるの?」
ずっと気になっていた。
私は彼に会っても、名乗ることはない。
彼は声だけで私を認識するのだ。
「ん?そんなの決まってるじゃん」
一つ、彼は間を置いた。
ひんやりとした空間に、私の心音が鳴り響く。
「桜良の声は誰よりも綺麗だから」
心臓が大きく跳ねた。
言葉が出ない。息が出来ない。
美しい声を持つ彼が、私の声を誰よりも綺麗だというのだ。
「そんな答え、ズルいよ……」
顔が熱くなるのを感じながら、私はそう呟いた。
春はもう目前に迫っている。
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