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春の訪れと共に、私達の曲は完成した。
あのステージを思い浮かべながら歌うのは、大層心地が良かった。
学校に向かう前に、自室であるノートを開いた。
表紙には“春”とだけ書かれている。
掠れたペンの字。しかし妙に力強い。
ノートには歌詞やコードがずらりと並んでいる。
「春を届ける、それはそこにいる誰もが桜のように舞うこと――」
一つ、文章を読み上げる。
大きく丁寧に書かれたその文章は、私の夢であり、父の夢でもある。
これは、春を描いた父のノートだ。
何度これに助けられたか分からない。
歌詞やコードを盗んでは、私達の曲に組み込んだ。
しかし、罪の意識は全くなかった。
もっと言えば、父と共に曲を作っている気がして、なんだか胸が熱くなった。
私はこのノートを鞄に詰め込み、家を出た。
電車に揺られながら手帳を開く。
明日のメモ欄には、“さくらフェス”と書かれている。
そう、さくらフェスはもう明日まで迫っていた。
今日は最終調整のみで、放課後の練習をしないことにしている。
既に緊張を始めた私の心臓は、とくとくと音を立てている。
こんな調子で授業を受けられるだろうか、と少し不安になりながら電車を降りた。
夕方の教室にチャイムが鳴り響く。
どうやら、授業が終わったらしい。
どこか上の空で過ごしていると、いつの間にか太陽が傾いていた。
挨拶が終わり、校門を出た私は彼に電話をかけた。
呼出音が数回鳴り、彼の声が聞こえる。
「もしもし」
「大樹くん、桜良だよ。集合は初めて会った日に行った公園でいい?」
「ああ……あそこか。分かった。用事済ませたらすぐに行くから待ってて」
「分かった。待ってるね」
赤いボタンを押し、彼との通話を終了する。
今日、彼は職員室に呼ばれているらしい。
ハンデを持ちながらも、皆と同じように授業を受ける彼には、何かと準備が必要なようだ。
彼は真っ直ぐで強い心を持っている。
私はそんな彼と明日、夢見たステージに上がる。
胸が高鳴る。踊る。
幸せまで、あと少し。
薄暗い公園に立つ時計を見る。
時刻は六時前。
“すぐに行く”と言った彼は、いつまで経っても姿を見せなかった。
私の心臓は、いつの間にか高揚ではなく、積もる不安に騒ぎ出していた。
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