さくら舞う旋律

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爽やかな朝の風が、窓から部屋に入り込む。 淡い春の香りが、今日の訪れを祝福しているようだ。 さくらフェス、当日。 待ちに待った日がやってきた。 目覚まし音が鳴る前から、私の心臓はいつにも増して高鳴っていた。 父の遺影に手を合わせ、心の中で口を開く。 ――行ってきます。 アコースティックギターを背負い、靴紐を固く結ぶ。 父のノートもしっかりと鞄に入っている。 魂が込められたそれは、淡い光を帯びているように見えた。 母は涙を浮かべた笑顔で送り出してくれた。 「大樹くん!おはよう」 「おはよう、桜良」 桜の丘公園には、沢山の人が集まっていた。 しかし、今日も彼は変わらず優しい声で迎えてくれる。 「あのさ、大樹くん」 「どうした?」 「その……ありがとう」 人々の話し声と私の心音が、声を掠めて溶かす。 しかし、その小さな声でも、彼の耳には届いていたらしい。 彼は手探りで私を抱き寄せた。 「それはこっちの台詞だよ。桜良があの日俺を誘ってくれなかったら、俺は今ここにいないんだから」 彼の温もりが伝わる。 高鳴る心音が共鳴を始める。 ひらひらと舞う桜の花びらに、私達の涙が混じっていた。 本番まで残り僅かとなり、私達は舞台裏に移動した。 この先に待っているのは現実だ。 あの日からずっと頭の中に描かれていた妄想ではない。 これは、夢であり、現実なんだ。 舞台裏には屋根がない。 チープなセットが丸見えだ。 そんな場所から、空を見上げる。 あの日を思い出させる、青く美しい空――。 お父さん、大切な人が出来たよ。 その人はね、素敵な声を持ってるの。 お父さんと同じように、春を運んで来るの。 あの日見た景色を蘇らせてくれるんだよ。 見ててね、お父さん。 今から夢を叶えるから――。 「行こうか、桜良」 「うん、大樹くん」 彼を誘導し、ゆっくりと輝くステージに上がる。 開けた視界には、桜が舞っていた。 お父さんが愛用していたアコースティックギターを握りしめる。 漂う淡い空気を肺に詰め込んで、口を開く。 私達はこの桜の下、春を歌う。
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