アンカー

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第4走者にバトンが渡った。 男女交互に走る混合リレー、 アンカーを任された僕は準備をする為に白線の前に立つ。 僕のクラスの第4走者は笹川奈々。 ナナは前だけを見ながらぐんぐんと加速していく。 その姿に練習の時の気まずさが思い出される。 3か月前、僕はナナに告白された。 最初は単純に嬉しかった。 高校に入ってからナナと僕はずっと同じクラスで 周りから囃し立てられるくらい仲が良かった。 「夫婦みたい」って言われて、 照れながらもまんざらではなかった。 それでも告白された時、 この関係性が変わってしまうことが怖くて その言葉を冗談にしてしまった。 そんなことがあってもナナと僕の 関係性は変わらない。 でもそれは周りから見れば、だ。 情けないことに僕が変化に気付いたのは 1週間も後のことだった。 明らかにナナは無理して笑っている。 それに気が付いてから、 僕の方から少しずつ離れていくことになった。 ワッと歓声が上がる。 ナナが1人抜いた、 抜いた相手を見ることもなく ナナは真っすぐと前を向いている。 何を見ているんだろう、と思う。 彼女は未来に何を見ているんだろう。 僕は変わることが怖かった。 怖かったから、変化を拒絶した。 拒絶した僕の方がダメージを受けているのは なぜなのだろうか。 自分の弱さに笑ってしまう。 笑っている姿を見られたのか、 隣のクラスのアンカーが変な顔をしてこちらを見ている。 体育祭の練習が始まってからはもっときつかった。 僕がアンカーになったのは陸上部だからという理由。 ナナが第4走者になったのは、 クラスの奴らが「二人はセットじゃないと」と 言い出したからだ。 その時は大いに慌てた。 ナナは運動部ではない、そもそも走っている姿をあまり見たことがなかった。 こんな決め方をされて、 それにこんな時にセットだと言われて、 ナナはどんな気持ちなのだろう。 僕は否定も肯定もすることなく、 ナナの言葉を待った。 「私、やります」 ナナは強い口調で言った。 意外だった。 ノリの良いナナが頭から断ることも想像できなかったが、受け入れることは全く想定していなかった。 数回の練習の時、その時は昔に戻ったみたいに楽しかった。 ナナはいつも笑っていて、 走るときも、バトンを渡すときも 本当に楽しそうだった。 僕だけがナナが走ってくるのを待つ間、 そしてバトンを渡される瞬間に 例えようのない気まずさを感じていた。 コーナーを曲がってナナがこちらに走ってくる。 また一人抜いて、ナナの目の前には僕しかいない。 クラスメイトが大声で応援しているのが聞こえる。 いけー!とかナナー!とか口々に叫んでいる。 だけどその声は僕にもナナにも ほとんど届いてはいなかった。 ナナは僕を真っすぐと見ている。 僕とナナの目が合う。 あと5m。 僕はもうバトンをもらっている。 3か月前のあの日に。 でも、そのバトンはゴールにも 誰の手にも辿り着いていない。 まだ僕の手の中にあって それに気付いていないかのように 隠していたんだった。 ナナは苦しそうに息をしている。 相当無理をしているんだろう。 ついさっき抜いたばかりの走者が 段々と追い付いてきている。 あと3m。 「ナナ、もう少し!頑張れ!」 自然と自分の口から応援の言葉が出ていた。 もう少し、僕にバトンを渡してくれ。 あと1m。 僕はスタートの体制を取る。 ナナからもらったバトンを今度は必ず ゴールに持っていかなければならない。 あと、1歩。 「ありがとう」 手にバトンが触れたとき、 ナナが何かを言った。 僕は前だけを見て走り出す。 声で分かる、ナナは泣いている。 はやく、はやくゴールをして、 ナナに伝えないと。 どよめきが起こるのを聞きながら、 僕は真っすぐと前を見て走る。 あなたからもらったバトンを しっかりと持って。 次は、僕から君へ。
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