1.『6月11日』

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1.『6月11日』

6.11.12:00 屋上のドアを開けると、小さな雲がまばらに散った青空が広がっていた。 背の高い薄緑色のフェンスの向こうには、連立するビルの間に港の観覧車が見える。観覧車がよく見える日は天気がいい証だ。 6月に入ってからじめじめした曇りが続いていたけれど、今日は久々に天気がいいから外でお弁当食べよう、と午前の授業が終わるなり嬉しそうに美久が言った。 お弁当を入れたトートバッグを手にして向かった屋上には、すでに数組の生徒たちの姿が見えた。 適当なところに座って、いただきます、と言ってお弁当のふたをあける。五目おにぎりと蓮根サラダと卵焼き。手早く作ったわりにはなかなか上出来だと思う。 「明音のお弁当、今日もおいしそう〜っ」 隣で覗き込んで目をキラキラさせているのは、同じクラスの森下美久。 食べ物に目がなく、細いくせに私の2倍は食べる。 「美久のぶんもあるよ」 とべつに用意していたのを差し出すと、 「わーいっ」 エサを待ち構えていた子犬みたいに、瞬時に飛びついた。 「ん〜、おいしいっ!明音天才っ!いますぐお店開けるレベルだよ、これ」 なにを食べても絶賛しまくる美久に、 「大げさだなあ」 と苦笑しつつ、まんざらでもない。 「いやいや、明音はすごいよ。毎日家族のお弁当とご飯作って、しかも、こんな手の込んだの作れるなんてさ」 「うちのお母さん、絶望的に味オンチだからね。かわりに作ってるうちにハマっちゃって」 「それで料理を極めようとするところが明音らしいね」 美久が笑った。 私、海田明音(かいでんあかね)は、父、母、私、中学生の弟の4人家族の、ごく普通の高校1年生。 家族全員のんびり屋で、近所に能天気な幼なじみが住んでいて、親友はこんな感じでふわふわした感じで。 気づけば、人の世話を焼くのが日常になっていた。
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