さくさくと

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「じゃあね」 「気を付けて」  ほどけそうな彼女のマフラーを、しっかりと巻き直す。それから、黒い髪にひらりと落ちてきた雪を払ってコートのフードをかぶせた。雪の日の早朝の風は刺すように冷たいから。  寒さで鼻を赤くした彼女は、強張った顔を少し緩めて、ゆっくりと雪を踏んで歩き出した。新雪がさくりと音を立てる。    さく、さく、さく、さく。  姿が見えなくなるまで見送ろうと立っていたら、振り返った彼女に、早く家に入れとジェスチャーで急かされる。  彼女が角を曲がり、視界から姿が消えた。いつもの事なのに、何故だろうか今日は別れ難く、彼女がつけた雪の上の足跡を追って走り出した。 「わあ!なに?どうしたの?」  追いついた俺に目を丸くして、唇から白い息がたくさん広がる。 「うん。なんか、なんかさ……」  彼女は俺よりずっと強くて、しっかり者だ。そうかと思えば涙脆くて意外とお人好しで、思わぬところで躓いたりする。ぼんやりうっかり者の俺に、何が出来るのだろうかと考えてしまったりもするけれど。 「あのさ、俺、君と同じ家に帰りたい。こうやって、見送るんじゃなくて、君と雪道を歩いて寒かったねって言ったり、ただいま、おかえりって一緒の場所に帰りたいんだ」    春には花と新緑の中を。  夏は太陽に灼かれながら。  秋は落ち葉を踏んで。  それぞれに、辛いことがあった時も、楽しいことがあった時も、君と俺と、同じ家に。 「……うん。……うんっ!はいっ!」  彼女の涙が睫毛に落ちた雪を溶かす。  冷たいほっぺが濡れてしもやけにならないように、唇で涙を(ぬぐ)い、そのまま熱を交換するようなキスをする。――いいの。今は世界にふたりだけだから。 「……でも、今は帰ります。風邪引くから家に入って支度しなよ。遅刻する」  しっかり者の彼女は、スッといつもの口調に戻ったけれど、その顔は朝の光のように眩しく、美しく笑っている。 「じゃあ、またね」  彼女は再び歩き出した。さくさく、さくさくと。小さな足跡が俺と彼女の家を繋いでいく。  今度こそ見送って、天にも昇る気持ちで雪曇の空を仰ぐ。    どうかこの雪が、彼女に優しく降るように。  花びらのように。  甘く澄んだ果物の香りのように。    ふたり、並んで歩いていくその日まで。 おわり
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