運命の出会いは突然に

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運命の出会いは突然に

 それはまるでドラマか、映画のようなシチュエーションだった。  突然の展開に天希(あまき)は、少しばかり頭をフリーズさせる。代わり映えのない大学生活、そこにやって来た非日常。  少し前まで友人と、今年もあと一ヶ月だな、なんて笑い合っていた。  それなのになぜだか、いまはヤクザの車に乗せられている。運転席と隣には、厳つい顔した『お兄さん』たちがいて、天希の動向に目を光らせていた。  呼吸するのもはばかられそうな、なんとも言えない緊張感の中、車はどんどんと街道を進んでいく。  手に握ったスマートフォンでは、生きてるか? 無事か? と友人たちからメッセージが届いていた。  いきなり友達がヤクザに連れ去られたら、心配もするよな。そんなことを思いながら、天希は小さくため息をつく。  正直言えば、いますぐにでも逃げ出したい気分だが、逃げ果せる自信は微塵もない。むしろ下手な行動をして、痛めつけられたら、たまったものではない。  けれど怯えていると思わせてはならないと、なるべく落ち着き払った態度を心がけた。  見かけだけならば、天希は大人しい大学生のようには見えない。  目つきがが悪すぎて、初見は大抵怖がられる三白眼。身長も平均以上で体格もわりと大きい。脱色して染めた金髪に、片耳六個もあるピアス。  ふんぞり返るだけで生意気そうに見えた。  しばらくして走行していた車が、静かに止まる。  窓の外へ視線を向けると、そこにあるのは高層のオフィスビルだ。  勝手なイメージから行くと、寂れた雑居ビルの、いかにもと言った雰囲気かと思っていた。連れられビルに入れば、清潔感のある受付があって、綺麗な受付嬢がにこやかに挨拶してくれる。  掲げられた名前は、幸島ファイナンス株式会社――いたって普通の会社に見えた。  広いフロアでは、たくさんの人がデスクに向かい仕事をしている。  通されたのもガラス張りの応接室だ。人目のつかない場所に閉じ込められて、脅されるかと思っていたので、天希は拍子抜けする。  ソファに腰を下ろしたら、お茶まで出てきた。  脳内イメージとは違うヤクザの事務所。  もしかしてただの消費者金融だったのだろうか。迎えに来た人物が、あまりにも厳つくて怖いから、思い込みをしていただけかもしれない。  だがいきなりあらわれて、お兄さん、顔を貸してくれる? ――なんて言われたら勘違いもする。  しかし天希がほっと息をついたところで、ロールカーテンが下ろされた。 「で、本題だ」 「……」  周囲の気配が遮断された途端に、重苦しい雰囲気に変わる。息を飲み込めば、やけにその音が響いたように感じた。 「お前が保証人になった借金の支払いは、百万ほどだ」 「百、万?」 「金利は十一(といち)、十日で一割だから。支払い遅れたら遅れただけ、大変になるのからそのつもりで。まあ、月の支払いが滞ったら回収に行くがな」 「ちっ、やっぱりヤクザかよ」  向かいのソファにどっかり腰かけた狐顔の男が、爽やかさの欠片もない顔で笑う。そして後ろの男に手渡された、書類をテーブルに滑らせてきた。  数字の書かれたそれを手に取った天希は、一文字も見逃さないように、それを食い入るように見つめる。 「おい、借入額が七十万弱で、返済額が百万ってなんだよ、これ! あいつが借りたのたかだか二ヶ月前だろ。ぼったくりすぎじゃねぇか」 「だから言っただろう、十一だって」 「大体法律では、この金額の借り入れはもっと金利が低いはずだ。違法だろうが!」 「これは会社ではなく個人間の取り引きだからな。まあこちらも仕方なくお貸ししたわけだ」  天希の剣幕に狐男は、ははっと芝居じみた笑い声を上げて、困るよな、なんて白々しく眉を寄せる。その態度に、手の内で紙がくしゃりと音を立てた。  幼馴染みの男に、天希が連帯保証人を頼まれたのは、二ヶ月半前。ここまで膨れ上がるような借金だと知っていたら、借りる前に止めていた。  泣いて縋るので頷いてしまったけれど、もっと話を聞いておくのだったと後悔する。しかしいまさら悔やんでも遅い。どうにか回避する方法はないものか。  いくら昔馴染みのためとは言え、この額を背負わされるのはキツい。天希はまだ二十一の単なる大学生だ。 「あんたたちが仕事をさぼってたんじゃねぇの? あいつ昨日の夜まで、連絡は取れてた。探しようはあるだろ!」 「家はもぬけの殻だし、会社は退職、携帯も解約してる」 「実家は? あとあいつ、彼女もセフレもいたし、仕事先だって。それに金がないなら、ずっと無職ってこともねぇだろ。ちゃんと探せよ!」 「まあ、探しはする。ただ金を回収しないと、こちらも無償奉仕ってわけじゃない。見つかるまでのあいだ、お前に支払ってもらわないと。そのための連帯保証人だろ?」 「職務怠慢だ」  バンと叩きつけるように、書面をテーブルに突き返すと、驚いた顔をされた。キレられたらどうしようか、心の中では戦々恐々だが、天希は強気な態度を崩さない。  びびって弱いところ見せたら、簡単に要求を飲み込まされる。――と、友人たちからのアドバイスだ。  時と場合によるだろうけれど、見た様子、会社はクリーンなイメージがある。ここでは下手なことはしてこないだろう、いまはそんな打算があった。  向こうは油断させようと、ここへ連れてきたのだろうが、それがいまは功を奏する。 「わりと強情だな。とりあえず支払いをしてくれれば、それだけでいい。お友達が見つかったら、お前が納めたお金は返す」 「え?」  思いがけない返答に、思わず身体が前のめりになる。天希の反応を見た狐男は、ふっと口元を歪めた。 「そういうことでいいな」 「……ま、待てよ! いまの言葉、ちゃんと紙に書き出して、あんたたちが判を押せ! 口約束じゃ信じない!」 「いちいち頭の回るガキだな」  舌打ちした男を睨み付けると、射るような視線を向けられる。怯んで俯いてしまいそうになるけれど、天希は両拳を握ってこらえた。  しかしその手が小さく震えていることに気づいて、今度は両手を握り合わせる。  そして睨み合いを続けてどのくらいか。  もう逃げ出したい、そう思い始めた頃――部屋の扉が開いた。その瞬間、変わった空気に、引き寄せられるように天希は振り返る。 「い、伊上(いがみ)さんっ! な、なんですか? いま交渉中で」 「うん、話は聞いてた」  入ってきたのは背の高い男だ。百八十ある天希より、十センチほどは高いように見えた。彼がくぐる戸がやけに小さく感じる。  けれど顔立ちが優しげで、威圧感はまったくない。  茶色い細目は穏やかで、黙っていても笑っているかのように見える。歳は三十程度だろうか。しかしツーブロックのアッシュグレーの髪、それが少し年齢不詳な印象を持たせた。  仕立ての良さそうなダークカラーのスーツとネクタイ、ボルドーのシャツ。着る人間が違えば、かなりキザに見えそうだ。  けれど手足の長いスタイルの良さも相まって、嫌味なく着こなされている。いまどきのイケメン、とは少々異なるが、紳士的な大人の雰囲気。  入ってきたその男性を惚けたように見つめ、天希は密かに鼓動を速めていた。  こんな状況でなかったら、声をかけたくなるくらい、彼は天希の好みのど真ん中だった。  こちらを向いた伊上と呼ばれた男――彼がにっこりと笑うだけで、胸の音が大きく跳ねた。
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