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ぼくたちはゴミ屋敷を後にした。後は近隣住人から紅白ゴスロリ双子ババアの評判を聞くだけだ。ぼくと田中さんは適当に目についた家に向かって歩を進めた。しかし、Aさんだけは先程の青ざめた顔をしたままその場で呆然と立ち尽くしていた。
「どうしました? 後は近隣住人の絵撮って帰りましょうよ」
ぼくはAさんに次にすることの提案をしたのだが、どこか虚ろな目をしたままで無反応なのである。まだゴミ屋敷ショックと共感性羞恥の拷問ショックが抜けないのか…… 世話のかかる新人さんだなぁ…… ぼくは呆れながら肩を軽く叩いた。
すると、Aさんはハッとし、驚いた顔をしながらぼくの顔を何度も見つめ返した。
「どうしました? 何か変ですよ?」
「ねえ、ADさんだったら、蝋人形を見たことあるよね?」
こういった仕事をしていると蝋人形と触れ合う機会は案外多い。
取材した記憶はいくらでもにある。
ぼくはコクリと肯定するように頷いた。
「あ…… あの赤いお婆さんの方、蝋人形だったの」
「え?」
「しがみつかれた時に気がついたの、人の皮膚の感覚じゃないって。触ったことあるから分かる! あれ、蝋人形よ!」
ぼくはいつだったかAさんが蝋人形のテーマパークに取材に行ったニュースを見たことがある。あそこは蝋人形に触ることが出来る。だから蝋人形を触った感じを知っていてもおかしくはない。
田中さんが割り込んだ。
「自分、Aさんに車椅子突っ込んできたあたりずっとカメラ向けてたんスけど、両手でAさんにしがみついてたっスよ?」
そんな馬鹿な。ぼくたちは一旦ワゴンに戻り、田中さんが撮影していた映像を見ることにした。
ぼくたちは固唾を呑んでカメラ付属の液晶モニターで赤い老婆がAさんに突っ込むシーンを見守る。
激しく車輪を回転させながらAさんに突っ込む赤い老婆の車椅子。Aさんはこの瞬間に一旦映像を止めさせた。
「この時点では…… まだ、気がついてなかったんです。顔と顔が密着するぐらいになって、あれ? って。まつ毛や髪の毛のキューティクルが無くて、人毛カツラみたいな感じなの」
Aさんは軽く頷いた。その表情は青ざめ歯をガチガチと震わせているのが隣にいても分かるぐらいだ。田中さんは再生ボタンを押した。
Aさんが赤い老婆の肩を掴んで持ち上げる。それから間もなくに白い老婆が謝りながら車椅子引きにかかる。Aさんは再び映像を止めさせた。
「普通、服の上から肌さわっても弾力とかってありますよね? それが無いんですよ! 何か気持ち悪くて、硬いんだか柔らかいんだか分からない感覚だったんです!」
「相手は婆さんだよ? 筋肉も脂肪も落ちて骨と皮だけになっていたのでは?」
「それでも分かります! いくらあたしでも人の皮膚の触った感じぐらい分かりますよ!」
田中さんはこれ以上新人の駄々には付き合いきれないと言いたげにカメラの電源を切った。
「わかったわかった。あの婆さんが自分とそっくりな蝋人形でも作ってお人形さんゴッコでもしていたんだろ? ゴミ屋敷の主人ってのは大体がサイコなゆんゆん電波さんだ」
「あ…… でも……」
「はいはい、さっさと近隣住人に取材して終わるよ。ディレクターだって明日の映像待ってるんだからね」
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