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「お紅茶の方を入れさせますのでお待ち下さい」
正直、こんなところで出されたお茶なんか飲みたくない。Aさんは「いいえ、お構いなく」と言おうとしたその刹那、老婆は棚と棚の間に隠れるようにあった硝子格子の引き戸を開けて台所に行ってしまった。そこから見えた台所にはやはりゴミ袋が積み上げられていた。
この平屋建てのゴミ屋敷でこの部屋だけが別世界に思えてならない。ぼくはどうなっているんだと困惑しか出来なかった。
すると、Aさんがぼくに小声で囁くように言ってきた。老婆の耳に入らないようにするための内緒話である。目の前で耳打ちをするよりは失礼にあたらないが控えて欲しいものだ。
「絶対ヤバいよ、ここ。さっさと話聞いて帰りましょうよ」
気持ちは同じだ。ぼくはコクリと頷いた。
田中さんはこの部屋を一通り撮影した後、困ったように頭をぼりぼりと掻いた。
「ゴミ屋敷の取材で使う絵じゃないね」
確かにそうだ。部屋だけの映像なら「セレブのお宅訪問」のワンカットにしか使えない。ぼくもこの部屋が気になり一通りチェックしてみた。確かに綺麗だ。綺麗すぎて西洋のお城の一室にカメラが回っているのと変わりがない。
数分後、老婆が紅茶を持って帰ってきた。ピンクの薔薇の模様に金縁の入ったティーカップとポットをカーゴに乗せて持ってきたのである。
「あ、お構いなく……」
老婆も対面の席に就き、いよいよ取材開始だ。Aさんはボイスレコーダーの電源を入れ、テーブルの上に置いた。ぼくはメモ帳を出し、老婆が口を開くのを待った。ぼくの役割はキャプションと言うテロップ作成作業のために、老婆の言葉を一言一句逃さずに書き込むことである。本来ならばテレビ局に持って帰った後で行う作業なのだが、正直なところ、この老婆の滑舌の悪さを考えて直接行うことにした。自己判断である。
「突然の取材、申し訳ありません」
「いいえ、お気になさらずに」
「お婆さんのお名前をお預かりしてもよろしいでしょうか」
「ない」
「あの、匿名希望と言うことでよろしいでしょうか。あ、オンエアの際にはプライバシーの保護を厳守させていただきますのでご安心ください」
「名前がないです」
この話の通じなさ、痴呆症が進んでいると言うことか。これは骨が折れそうだ。ぼくはメモ帳に「名前がない」と書き込んだ。テロップ作成には関係ないことだが、一言一句を逃さずに書くのがぼくの役目だ。
オンエアの際には顔モザイクに〈ゴミ屋敷の主人〉と、テロップを乗せることになるだろう。しかし、真白いゴシックロリィタの服はフレームインするので知っている人からすればバレバレである。
「ここで、一人暮らしなんですか?」
老婆は首を横に振った。そう言えば「お紅茶の方を入れさせますのでお待ち下さい」
と、言っていた。他に誰かいるのだろうか。
「では、お子さんかお孫さんかがお見えですか?」
「いいえ、姉です。双子の姉がおります」
Aさんは一瞬訝しげな顔をし、いつものアナウンサースマイルに切り替えた。多分だが、ぼくと考えたことは同じだろう「このゴスロリババアの双子の姉ってどんなだよ!」とでも言えばいいだろうか。
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