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すると、老婆はスッと立ち上がり、何も言わずに再び台所へと続く引き戸を開けて去っていった。数秒後、台所よりガサガサとゴミ袋同士が擦れ合う音が聞こえてきた。ゴミ袋をどけているのだろう。やがて、その音はキィキィと言う音に変わった。
「車椅子?」と、Aさん。
キィキィと言う音は車椅子の車軸が回る音だ。
介護現場の取材に何度も行ったことがある、ぼくもAさんも音の正体がすぐに分かったのだった。
引き戸が開いた。老婆が車椅子を押しながら応接間に入ってきた。車椅子に座るのは、白いゴシックロリィタのワンピースを纏う老婆とは正反対の赤い老婆だった。赤いゴシックロリィタのワンピースを着込んでいる以外は全てが老婆と同じだった。赤い方は車椅子の上で眠っている。しかし、寝息は聞こえず人形のように思えてならなかった。
今、あえてこの二人に名称をつけるなら「紅白ゴスロリ双子ババア」である。
「双子の姉です。ずっと姉と二人暮らしです」と、老婆。彼女は白い老婆と呼称しよう。車椅子で眠っている方は赤い老婆でいいだろう。
「そうなんですか」と、Aさん。顔の引きつりが増したような気がした。彼女は一瞬、ぼくにアイコンタクトを送ってきた。その目は「早く帰りたい」と言っているように思えた。
赤い老婆は車椅子に座ったまま部屋の隅にちょこんと置かれた。眠っていて瞳を閉じているせいか気になりはしない。むしろ、壁一面に置かれたビスクドールの大きな瞳に囲まれている方が気になってたまらない。
「えっと、この家が近所からゴミ屋敷として苦情が出ているのですが……」
そう言えばこんな要件だった。この部屋だけでも「近所の不思議な人」みたいな感じでバラエティ番組に出してもいいぐらいなのに、ゴミ屋敷の主人と言う設定まで重なってキャラが濃すぎである。
「ああ、そうなんですか。知りませんでした。あたしもお掃除はしなきゃと思うんですけど……」
この部屋の掃除は行き届いている。先程の部屋のチェックでビスクドールの収まった棚を見たのだが、埃も指紋一つも残っていない。つまり、毎日ビスクドールの入った棚を拭いているということになる。こんなにマメな人が「掃除しなきゃとは思うんですけど」と、言われても説得力はない。
「それで、このゴミなんですけど……」
「元々はこの家、姉が一人暮らしだったんですよ」
赤い老婆の一人暮らし…… 想像がつかない。
「あたしもここに来た当初からこんな感じで、元々姉は片付けられない性格でして」
ゴミ屋敷の主人あるある、その一、片付けられない。以前にADHDの主婦を取材したことがあったが「片付けの仕方が分からない」「何からつければいいか分からない」と言った心の迷路に迷い、片付けが手につかなくなるのだと言う。これと同じだろう。
歳を考えると認知症も多少は原因の内に入るかもしれない。
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