0人が本棚に入れています
本棚に追加
「あんたって、大変態だよね」
そいつは、俺の目の前で言い放った。あんたは大変態。彼女は、決まってすぐそう言った。とりわけ、俺が何かを食べているときに。今日は、シャープペンシルのスープパスタを食っていた。これがまた、なかなか美味なのだ。芯を口に入れた瞬間に、少しだけ溶けて刺激する酸味と、同時にふんわりと香る黒煙の香ばしさ。そっと上顎と舌で挟めば、ポキリと爽快な音を立てて砕ける。歯で、バリバリと噛めば、長年ローストされてきたことを確信できる深みのある味が口の中を満たす。うーん、マーヴェラス。セデリシュー、ボナペティートッ!
「んは~、うんめえ、うんめえ」
「ちょっと、話を聞いてんの?」
彼女は、先ほどよりも更に語気を強めて俺を責めた。
「あんたってさあ、いっつもいっつもそんなもの食べて。腹壊すよ?」
「壊さねえ腹なんか腹じゃねえんだわ」
俺は、更にシャー芯を頬張った。ポキリ、ポキリという音が、放課後の教室中に響き渡る。午後五時。一般人は部活をしていた。僕はスープパスタを食っていた。出汁は、今日返却された中間テストの解答用紙を煮て抽出した。ちゃんと、三点のものから出汁を取った。二点でも、四点でもいけない。さらに言えば、百点満点での三点でなければならなかった。数学の先生は、五十点満点のテストを作るのが嫌いだったから、僕にとっては好都合だった。小問を一問だけ回答すれば、三点がもらえる。もっとも、同じ三点でも、必死にもがいた三点と、端から諦められた三点とでは黒鉛の含有量が異なる――つまり、出汁の質が同じ三点でも違うのではないかという批判が想定されるが、三点を取るか、黒鉛の含有量を取るか、ここは好みだと思う。俺は圧倒的に「三点」を取る。プロセスよりも、結果が重要なのだ。いくらもがこうと、努力しようと、三点は三点である。成績表には、堂々のDがつく。だから、俺は迷わず三点を取る。三点の解答用紙で出汁を取りたいのだ!
俺は、テストが返却された後、全てのクラスメートに聞いてまわった。もちろん、三点のテスト用紙を得るためだ。俺は? ――残念ながら0点だった。三点を狙おうと、唯一書いた回答が間違っていたのだ! 符号の計算ミスだった。本当に悔しい――だから、俺はスープパスタを作るために、ほかのクラスメートから三点のテストを拝借しなければならなかったのだ。
結果的に、クラスで三点だった奴は三人いた。バカとアホとドジだ。そのうち二人――アホとドジ――は、「ねえ、お前今日のテスト三点?」と聞いたら、その瞬間ブチ切れた。アホは、「三点で何が悪いのか」と聞いてきた。アホは総じて先入観によって目が曇っている。俺は「悪くない」と答えた。
「ふざけんな! 悪くないなら、なんだってそんなことを聞くんだ!」
「それはスープパスタにするためだ」俺は答えた。
しかし、アホはやはりアホのようで、彼の頭は理解に到底及ばなかったらしい。頭を抱え、震え始めているアホ。こうなれば、人間という種族は押しても引いても何も反応しなくなるので、俺は早々に諦めた。
ドジは、違った仕方でブチ切れた。
「仕方ねえだろ、シャーペンを忘れちまったんだから。鼻くそに紛れ込んでいた鉛筆の芯でようやくかけた回答が小問一個だったんだ」
――論外だ。こいつの解答用紙はシャープペンシルですらないらしい。元来、鉛筆とシャープペンシルは相性が悪い。というより、鉛筆がシャープペンシルを一方的に嫌っている。というのも、人間は成長するにつれて鉛筆からシャープペンシルへと文房具を変えるという習性をもっている。ノートブック初心者には、鉛筆は書き味がやさしく、紙をほとんど破ることなくすらすらと書けるために愛される。だから、お母さんは小学生の子供に鉛筆を使わせたがるし、小学生も嬉々として鉛筆をいじり始める。しかし、鉛筆は削るのが大変だというデメリットを持っている。加えて、子供はだんだん成長してくると、鉛筆のぶっとい字よりも、繊細で細やかな字に憧れるようになる。特に女子。したがって、太い字しか書けず、処理も大変な鉛筆は嫌われ始め、デメリットをすべて克服しているシャープペンシルが愛用されるようになってくる。成人ともなれば、一部の木フェチ、あるいは普通が嫌いなアンチノルマリストを除いて、全員が使うことになるというわけだ。だから、鉛筆はシャープペンシルを毛嫌いしているのだ。そのことが、味わいにもじんわりと染み出している。シャープペンシルで作った料理に、鉛筆の芯をひとかけらでも入れようものなら、鉛筆の強い酸味と苦みが、シャープペンシルのロースト風味をすべて覆い隠してしまう。そうなれば大変だ。たとえ、鼻くその中に混じっていた鉛筆の芯だとしてもだ! ――だから、俺はドジの三点のテスト用紙をもらうわけにはいかなかった。
バカは、バカだったから素直にテスト用紙を俺に渡してきた。
「使い終わったら返してね」
「ああ、分かった」
そういうわけで、俺は無事、三点のテストをスープパスタの出汁にとることができたというわけである。
「あああ、うんめえ、まじうんめえ」
「ねえ! 聞いてるの!? 大変態! 私のヘアゴム返して?」
「ヘアゴム? ああ、イカリングか。ちょっと待ってね」
俺は即座にげろを吐いた。イカリングは、消化に時間がかかるために、まだ形がうっすらと残っていた。俺は――それは胃液がまとわりついたままだったが――そいつに返した。彼女は「ありがと」といって、カーディガンのポケットにイカリングを入れ、どこかに去ってしまった。俺はすっかり出汁の取られた三点のテストを、バカの机の中に突っ込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!