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「先生、こちらです」
河田秀一はそう言って引き戸をあけ、先にダイニングキッチンのなかに入った。
斑尾幻葉は片手にバッグを下げ、片手にLEDライトを持って、あとに続いた。
電気を止められている、という家のなかは薄暗く、空気がよどんでいる。その空気のよどみは、ダイニングキッチンのなかに入ると、いっそう重く、濁ったものになった。
四人がけの四角いテーブルは脇にやられ、床や壁のところどころに黒いシミが飛んでいる。食器棚の下のほうから床にかけて、白いチョークで、人の形が描いてあるのが見えた。
「まったく一年前のままにしてあるのですね?」
「ええ」
斑尾が訊くと、河田はどこか誇らしげに答えた。
「妻が殺されたときのままにしてあります。ぼくは、別のところにアパートを借りて住んでいるんです。妻の叔父で警察官のかたがいて、気持を切り替えるためにも、業者を呼んできれいにしたほうがいい、と何度も忠告されたんですが……」
「犯人が見つかるまでは、ですか?」
斑尾が熱のない声で尋ねると、河田は急に肩を落とした。
「はい、そのつもりでした。でも、そのまま一年が過ぎてしまって……あ、先生、ここなんですが」
河田もLEDライトを持っている。いま、そのライトの光で、その場所を指し示した。
つられるように、斑尾は一歩を踏み出したのだった。
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