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榎本君と椎野君
僕は今、何故かクラスで問題児と言われている同級生の榎本君の枕になっている。正しく言えば僕の膝枕で榎本君は眠っている。
なんでこんな事になってるのか自分でもよく分からない。
榎本君は言ってしまえばパリピの代表格のような人で、クラスの中でも陰キャの名をほしいままにしている僕とは対極にいるような人だ。いつでも陽気な友達や女の子達に囲まれて人生を謳歌していますって感じの彼を僕は別世界の人間だとずっと思っていたし、たぶん榎本君だってそう思っていると思う。
僕はクラスでも全然目立たないし、彼の視界には欠片も入っていなかったと思うのだ。なんなら榎本君は僕の名前も知らないんじゃないかな?
なのに今、何故か彼は僕の膝を枕に爆睡中なのだ。なにこれ?
校則違反なのに明るく染めた髪色はとても目に眩しい。でも傷んでいるかと思いきや、触ってみればその髪はとてもさらさらしていた。
僕は小さく子守歌を口ずさみながらそのヒヨコのような髪色の彼の頭を撫でる。すると彼の表情は和らいで、少し可愛らしいから困ってしまう。
僕達がこんな状況になったのはつい先程の事、始まりはつい一週間前だ。僕は音楽室で一人ピアノを弾いていた。ピアノの講師をしている母親から幼い頃から習っていたお陰で僕は他人よりピアノを弾くのが上手い。けれど極度のあがり症が災いして大会はもちろん発表会でもまともに弾けた事が一度もない。
「練習では上手に弾けるのにね」と母には苦笑されたが、それでは駄目だと言うような母親ではなかったので、好きな時に好きなように弾く程度に僕はピアノを続けている。
他人を前にしての一人での演奏は全然ダメダメな僕だけど、伴奏は割と好きで(なにせ合唱や合奏だとメインがぼくじゃなくなるから)その日も音楽発表会の伴奏の練習を一人でやっている所に彼はふらりと現れた。
「上手いもんだな、指が別の生き物みたいだ」
突然背後から声をかけてきた榎本君に僕はびくりと身を震わせ、曲が中途半端に霧散する。
「あ……」
「わりぃ、邪魔したか」
「いえ、あの……えっと……」
「続けて、俺ちょっとその辺で寝させてもらうから」
「え……」
「ダメか?」
「いえっ、僕の方が失礼しますっ!」
人と話す事自体があまり得意ではない僕、ましてや榎本君相手にどうしていいかも分からずに、ピアノを片付けようとした所で「なんだ……」と彼は溜息を吐いた。僕はそんな彼の言動にびくりとまた身を竦ませた。
「お前、俺の事怖いのか?」
「え……や、そういう訳じゃ……」
「だったらいいから弾いてけよ、よく眠れそうな大人しいやつ」
難題ふっかけられた! え? これ僕、どうすればいいの? 弾いた方がいいの? 立ち去った方がいいの? 自分がどうしたらいいのか、よく分からなくて僕が立ち尽くしていると「ダメか?」と予想外に大人しく彼は小首を傾げた。
「いえ……じゃあ、ショパンの子守歌を」
僕はピアノに向かって背を伸ばす、なんかもう滅茶苦茶緊張するんだけど! 元々極度のあがり症な僕は、人に見られながら演奏するのがとても苦手なのだ、でもここで空気を読まずに逃げ出したら彼の僕に対する印象が悪くなるかもしれない、それは嫌だな、と僕は思ったのだ。
別にクラスメイトに少し嫌われたくらいどうという事もない、そう思われるかもしれないけど、実は僕は入学当初から彼に憧れの気持ちを持っていた。
もちろん最初からではない。見た目からして大人しめの僕は入学早々から少し柄の悪い上級生に絡まれている所を彼に助けられるというベタな出来事を経て、良い人だなと思って彼を憧れの気持ちで眺めていたのだ。
元々陽キャグループに所属していた彼だけど、夏休みを過ぎた頃からそれは加速する。髪を染め、服装が乱れ、それまでは賑やかなだけで、そこまで派手ではなかったのに、いつしか問題児と言われるような人間になってしまって僕は少し戸惑っていたのだ。
元々人気者であったし、それは以前と変わらず、多少様変わりをしても彼自身は見た目以外は何も変わっていないと言うのに、その見た目だけで教員からの印象は格段に悪くなった。だけど、それでも僕はずっと彼の事を嫌悪する事なんてできなかった。
僕は息を整え鍵盤に指を滑らせる。
ショパンの子守歌はそこまで長い曲ではないが、躓きながらも弾き終え振り返ったら榎本君は宣言通りに壁に寄りかかって寝ていたので驚いた。よほど眠かったのだろうか? でも僕のピアノが少しでも彼の役に立ったのなら嬉しく思う。
僕は彼を起こさないようにその日はそっと音楽室を後にした。
翌日、僕がまた練習をしていると榎本君は再び音楽室へとやってきた。彼は「今日も昨日の頼むわ」と一言言って壁に背を預けた。
そんな居酒屋の常連客みたいな事言われても困るなと思いつつも、僕は内心嬉しくて仕方がない。だって今まで全く関りを持つ事も出来なかった彼が僕のピアノを聞きに来てくれるなんて、そんなの嬉しいに決まってる。
僕は呼吸を整え鍵盤に指を滑らせる、そして今日も弾き終わったら榎本君は気持ち良さそうに寝入っていた。
そんな日が数日続き、特に仲良くなった訳ではない僕達だけど、その時間を僕は心待ちにするようになっていった。
「なぁ、お前、これ知ってる?」
そう言って彼は自分のスマホを僕に見せた。そこに映し出されていたのは動画配信サイトで、そこに流れていたのは僕が彼に弾いていたショパンの子守歌、それに歌詞を付けて歌っている、いわゆる歌ってみた動画だ。
「え? なんで?」
僕は瞬間青褪めた。だって僕はその動画を知っている。その動画は僕が昔、遊び半分に曲に適当な歌詞を乗っけて歌ったものなのだ、でも何故彼がそんなものを? と、僕は動揺が隠せない。
手元だけで顔出しもしていない、閲覧数も評価もさほど多くはない代物だ。人前で演奏するのは苦手な僕だけど、演奏や音楽が嫌いなわけではなくて、ただ何となくやってみたくてあげた動画を、何故彼が認知しているのか分からなくて僕は焦った。
「お前のピアノよく寝られるから気になって。これ『ピアノ』『子守歌』で検索したら出てきたんだけど、この歌いいなぁって思って探してもこれ以外ヒットしないんだよ。お前なら何か知ってるかな? って思ってさ」
「僕、知らない!」
そこで知ってるなんて、あまつさえそれは僕の動画だなんて言える訳もなく、僕は全力で知らぬ存ぜぬを貫く事にする。
それにしても意外だ、まさか榎本君がクラシックに興味を示すなんて予想外。もっとパンクでロックな曲や流行りの曲にしか興味がないと思っていたのに、ちょっと意外過ぎる。
「そっか……まぁ、いいや。またいつもの頼むわ」
そう言って彼はいつものように壁に背を預けた。なんで榎本君はいつもこの時間に寝にくるんだろう? 時間は放課後、家に帰って寝たらいいのにと思わなくもないのだけれど、この時間を楽しみにしている僕はそんな事を彼に言うつもりは毛頭ない。
僕は彼のリクエスト通りに子守歌を弾くだけだ。
五分程度の短い曲、だいたい榎本君はその五分間で寝入ってしまう、まるで某国民的アニメの主人公のような寝つきの良さだ。
曲を弾き終わり、僕が振り返るとやはり榎本君は瞳を閉じて寝入っている。その寝姿はそのやんちゃな姿とはうって変わって可愛らしい。
ヒヨコ色の髪、校則違反のピアスに校則違反のカラーシャツ着用の彼は傍から見れば誰がどう見ても問題のある生徒、だけどその寝姿は何処にでもいる普通の男子高校生だ。
いつでも仲間とわいわいしている彼の姿しか見た事がなかったから、何故彼が一人でここに来るのか、僕はそれが不思議で仕方がない。
それにしても、僕の動画、見てくれる人いるんだな……
数字が少しずつ増えていくのを見ていれば、閲覧者がいる事は分かるのだけど、それはあくまで数字が増えているだけで実感は薄い。なのに実際目の前で、これはいいなんて言ってもらえて僕は少し嬉しくなっていた。
ピアノに向かって僕はまたショパンの子守歌を弾く。それに合わせて付けた歌詞はもちろん子守歌で、決して歌が上手くない僕は呟くようにその歌を口ずさんだ。
「なんだ、やっぱ知ってんじゃん」
「うわぁ!」
急に耳の近くで声をかけられ僕は飛び上がる。
「起きてたの!?」
「まぁ、寝かけてたんだけど歌声が聞こえたから……」
「あ、ごめん、起こしちゃったのか。僕、帰るね!」
「待て、俺は目が覚めた、お前は俺に子守歌を歌う義務がある」
「義務……?」
僕は榎本君が何を言い出したのか分からずに首を傾げる。
「いいから」
そう言って彼は僕を床に座らせて僕の足の上に頭を乗せると「歌え」と僕に命じた。
「歌うの? ピアノなしで?」
「その曲、知ってるのお前だけだろうが」
確かにこの歌詞は僕が勝手につけたものだから、僕以外の誰も知らないだろうけれども。
「いいから、歌え」
そう言って榎本君は瞳を閉じるので、僕はおずおずと歌いだした。まさかこんな形でこの歌を披露する事になるだなんて思わなかった。
僕が歌い終わる頃には彼は僕の膝の上ですーすーと寝息を立てていて、いつもなら彼が寝入ったらそっと立ち去る僕だけど、いかんせんこの体勢では逃げ出す事も出来ずに僕は困惑した。
いつも彼が何時くらいまでここで寝ているのか分からない上に、起こしていいものかどうかが分からない。下手に起こして機嫌を損ねたらと思うと、コミュニケーションに些か問題のある僕はほとほと困ってしまう。
女子にもよくモテる榎本君はいつでも周りにギャルっぽい、僕からしたら近寄りがたい女の子達を侍らせていて、そんな彼が僕の膝枕で寝ているのがどうにも不思議だ。まるで夢でも見ているみたい。
それにしても睫毛が長い、意外と顔面整っているというか、あんまり直視した事なかったけど彫りが深くてイケメンだ。自分なんか平凡を絵に描いたような典型的な平べったい日本人顔をしているので羨ましい。
顔がいいだけで人生勝ち組だよなぁ……なんて、思いながら僕はその髪を撫でて子守歌を歌うと彼は幸せそうににこりと微笑んだ。その笑みはまるで幼い子供のようでビックリした。
「おい、おい、起きろって!」
肩を揺さぶられてはっと気が付くと辺りは真っ暗で自分が何処にいるのか分からなくなった。
「え? アレ? ここ何処?」
「寝惚けてんのか? お前……ええと、名前なんだっけ?」
「あ……」
僕はようやく意識がはっきりしてきて、ここが音楽室で目の前に居るのがクラスメイトの榎本君だという事を思い出す。どうやら榎本君の寝顔を眺めているうちに僕自身も寝入ってしまったようだ。
「わ、あ……今何時!?」
「七時」
ヤバイ、何の連絡も入れないでこんな時間、母さん心配してるかも。慌てて僕が帰り支度をし始めると榎本君が僕の腕を掴んで「なぁ、名前」と再び僕に問いかける。同じクラスで半年間も学校生活を送ってきてるのに、僕のこと本当に全然覚えてないんだね。
「椎野だよ、榎本君」
「椎野、そうか、椎野、俺と付き合え」
「……は?」
それは今から何処かへ付き合えと……? 僕を夜遊びに連れ出そうって? さすがに踏み出すには少しばかり勇気のいるお誘いに僕は瞬間躊躇して「無理」と彼に告げる。
「なんでだ!?」
「なんでも何も、そっちこそなんで付き合うと思ったの? 榎本君と僕、全然仲良くないだろう? 同じクラスなのに名前だって憶えてなかったのそっちだよ」
「そこはこれから仲良くなればいいだろう?」
それは僕にあのパリピグループに入れという事か? 無理無理、どう考えても場違いだし、榎本君の友達だって絶対なんだこいつ? って思うと思うよ。
「君は僕と仲良くなりたいの?」
「だから付き合えって言ってるんだろ」
わぁ、ものすごくゴーイング・マイ・ウェイ。今までただ眺めているだけだったから僕は彼の事を何も知らない。だけど、意外と強引なんだね。
「無理だって! 僕なんかただのその辺に転がってる石ころだよ、僕の何を気に入ったのか分からないけど、君とは住む世界が違うから!」
「住む世界ってなんだよ! 俺もお前も普通に同じ学校に通ってる高校生だろう!」
「そうだけど!」
予想外にしつこく迫られて僕は嬉しい反面、困惑する。なんでそこまで榎本君が僕に執着したのかが分からない。一度くらいなら遊びに行くのに付き合ってもいいけど、それでもやっぱり僕と彼とでは住む世界が違うという僕の気持ちは変わらない。そんな事を思っていたら僕の腕を掴む榎本君の指に力が籠ってぐいっと引き寄せられた僕は何故か彼の胸に収まってしまう。
「ちょ……なにっ!?」
「俺の事、先に見てたのはお前の方だろ?」
「は……? んぐっ」
真っ暗な、月の明かりだけが室内を照らすその音楽室で僕は榎本君に唇を奪われ、混乱する。
「む、んぐっ、や……えの、んんっ」
力が強い、何が起こっているのか分からない。僕の口内を犯す彼の舌は存在を主張しつつ僕の舌を絡め取る。
「んん~っ!」
ファーストキスがこんな激しいディープキスなのどうかと思う。あまりにも強引なそのキスに僕の頭は混乱するばかりだけど、どこかで嬉しいと思っている自分もいて、自分の心が大混乱だ。
一方的に奪われるばかりのそのキスは、驚いた事に滅茶苦茶気持ちが良くて、ぞくぞくと背筋に快感が走り抜けた。榎本君のキスはそれくらいに巧みで、彼の過去の情事を思わずにはいられない。
彼はとてもモテる人だから経験だって豊富なのだろう、その事に僕の心は少し痛む。
「っは……」
口の端を零れる唾液を拭おうとしたら、何故かそのまま押し倒されて、冷たい床に押し付けられた。
「俺、うまいらしいから、ちゃんと気持ち良くしてやる」
「え? ちょ……ウソ」
制服のシャツをズボンから引っ張り出されて、何をされるのかと思ったら彼の指が僕の肌を直に撫で上げた。まだ秋口とは言え外気は冷える、榎本君の指は冷たくて、またしてもぞくぞくした。
「お前、肉やらけーな、女みたい」
それは僕の身体に筋肉がついてないって言外にディスられてるのかな? 確かにあんまり運動が得意ではない僕の体付きが貧相なのは認めるけれど。
「俺、男は初めてだけど、これは余裕だな」
「なにを……」
言っている意味が分からないなんて思うほど僕だって初心(うぶ)じゃない。けれど、彼がそんな事をしようとするのが意外過ぎて戸惑った。
直に肌に舌を這わされ、これは完全に自分の貞操の危機なのだと僕は悟る。けれど彼が何故突然僕にこんな事をし始めたのか、僕にはそれが分からない。
「やめっ、なんで……」
「お前、俺の事好きだよな?」
ずばりと図星をさされて言葉に詰まった。確かに僕は彼に好意を持っている、だけどそれとこれとは話が別だ。
「いつも物欲しそうな目で俺の事見てたの、気付かないと思ってたか?」
「そんなの……違うっ」
確かに僕はずっと彼を見ていた、だけど彼の言うような物欲しそうな顔をしていたつもりは全くない。むしろそれはテレビ画面の向こう側の芸能人に憧れるようなそんな感覚で、それが突然画面の向こうから目の前に現れるだなんて想定外だ。
「椎野……俺の事が好きなら、俺を否定するな……」
「榎本……君?」
なんだかよく分からないのだが、どうも彼は心の内に何かを抱えているようで、僕は強張る身体の力を抜いた。彼がそれを望むなら、別に構わないと思ったのだ。
僕は取るに足らない人間で、そんな僕が彼の役に立つのならばと、僕は榎本君の背に腕を回した。
「僕は君を否定なんかしないよ。どうしたの? 何か怖い事でもあるのかな?」
「怖い? 俺が何かを怖がってるって……?」
榎本君の声音が微妙に変わる。これは戸惑っているのか怒っているのか、暗闇で表情も見えないから余計に判断が難しい。
「気を悪くしたんならごめん、だけど、僕も驚いてるんだ。榎本君はいつも教室でも楽しそうに皆とワイワイしてただろ? 僕がそんな君をずっと見てたのは間違いない。うん、君の言う通り僕は君が好きだよ、だけどさ、君の方はそうじゃないだろう?」
「何か悩み事があるなら僕で良ければ相談に乗るよ?」と畳みかけると、榎本君は僕を抱き締めたまま大きく息を吐いた。
「お前、お人好しって言われねぇ?」
「別に言われた事はないけど……」
「椎野、抱かせて」
「いいよ」
一瞬の沈黙、榎本君はぶふっと吹きだすと「いいのかよ」と大笑いを始めた。
「そこがOKなら、付き合ってくれてもいいじゃねぇか。それとも、椎野は身体だけの関係とか、そういうのの方がいいのか? その割には散々拒否したくせに」
「あれ? 付き合うって、今から夜遊びに連れてくとかそういう意味じゃ……」
「ぶふっ、ちっげぇし」
けたけたと笑い続けた榎本君は「お前、面白いな」と、また僕にキスをくれた。
「んっ、んっ、ふ……」
「なぁ、椎野、気持ち良くねぇの?」
自分の口を自身の腕で塞いで声を噛み殺す僕の瞳を覗き込み、榎本君が僕の身体を暴いていく。
「分っかんな……い、でも、声……恥ずかし……あっ」
僕の触り心地が良くないであろう胸を撫でていた榎本君の指が僕の乳首を摘まんで捻り上げるので、僕の身体はびくりと跳ねた。まさか、そんな所を触られて、自分がそんな反応になってしまうだなんて予想外。
自分で触った所で何てことない場所なのに、意図をもって他人に触られると、こんなに感じてしまうのかと戸惑った。
「どうせ、こんな時間誰もいねぇ。いくらでも声出していいって」
普段は喧騒に包まれている学校だけど、今はしんと静まり返って怖いくらいだ。学校の怪談では音楽室なんて定番中の定番だけど、今、もし覗かれたらきっと僕の声は幽霊の呻き声だとでも思われるんじゃないかな?
榎本君が僕のズボンを脱がせにかかって、本当にやるんだと少し怖くなった。やる気満々の彼だけど、男は初めてだと言っていたし、実際に男の身体を目の当りにしたら普通に萎えるだろうとも思っていたのだ、けれど彼は僕の男の主張を見ても別段躊躇する事もなくそれを握り込んだ。
「はは、ちゃんと感じてんだな」
外気に晒された場所がぞくぞくする。寒いのももちろんだけど、家族以外に晒した事のないその場所を彼は楽し気に弄んだ。
榎本君は傍らに転がっていた自身の鞄を手繰り寄せ、その鞄の中から何やらペットボトルのような物を取り出し、その中身を掌で確かめるようにして僕の尻へと擦り付けた。
「つめたっ」
「ああ、わりぃ。でも男は女と違って濡れねぇからな」
確かにそれはその通りだし、たぶん擦り付けられたのはいわゆる潤滑剤なのだろう。でも今なぜ彼がそんなモノを持っているのかと首を傾げたら、榎本君はすぐに僕に答えをくれた。
曰く、元カノがあまり濡れない体質で、良かれと思って買ったら「お前はそんな事しか考えられない猿なのか!」と怒られフラれて、そのまま鞄に入りっぱなしになっていたらしい。
「意外なとこで役に立った」と榎本君は笑い、僕を膝の上へと乗せるように上体を引っ張りあげ、自身も前を寛げた。
彼が僕の後ろをほぐしている間、両手で二人のソレを纏めて握っているよう指示されて、おずおずと僕はそれを握り込む。確かこういうの兜合わせって言うんだっけ? 他人のモノなんて仲の良い友達同士だってそんなに容易く見せ合う事もしないのに、それを見るどころか、触っている事に僕はドキドキが止まらない。
サイズが違う、太さも長さも形も僕のと彼のとは違っていて、これにも明確に個性があるのだと改めて僕は知る。
それにしても、お互いのが熱く脈打って頭が蕩けそうだ。握っていろとだけ言われた僕だけど、それはとてももどかしくて、両手で擦るようにしたら榎本君のそれは更に硬く上向いた。
静かな部屋に水音がくちゅくちゅと響く、聞こえるのはその水音とお互いの息遣い。まるで世界に僕達しか存在していないのではないかという気持ちにすらなってくる。
場所が学校なだけに、非現実感がすごくてまるで夢でも見てるみたいだ。いやもう、実際これは夢なのかもしれない、だって榎本君が僕を抱こうとしてるなんて、そもそもおかしな話じゃないか?
でも、それならそれで僕は最後までこの夢を堪能しようと思ったんだ、だってこんなリアルな夢、そう滅多に見れるものじゃない。夢の中でだけでも好きな人に抱かれてみたいだなんて思考が乙女チックすぎるかな?
僕がキスをねだるように顔を寄せると、榎本君も普通にキスを返してくれてとても嬉しい。
「もしかしてお前、こっち、やった事ある?」
榎本君の指が滑りを纏って僕の中へと侵入してきた。たぶんこっちというのはそういう事だと思うので僕は首を横に振る。そもそもキスだって初めてだったのに、そんなのある訳ない。
「自分で触ったりも?」
「それは少しだけ」
興味本位の好奇心、自分がそっち側の人間だという事を僕はもう何年か前から自覚している。だから少しだけ試してみた事があるくらい。でも何故バレた? そんなに緩くなるほど弄った事はないはずなのに。
「あんまりあっさりOK出したから、慣れてるのかと思った」
「そんな風に見える?」
「いや、全然。でも清楚なふりして淫乱ビッチとか萌えるだろ」
そういうもの? 僕、そういう風にふるまった方がいい? なにせ現状の現実味が薄いから今なら何でもできそうな気がする。
陰茎から手を放し、片手で制服のシャツを胸まで捲り上げ、もう片方の手で下腹部を撫でながら「いっぱいここに種付けして……とか――」言ったら萌える? と、続けようとした言葉は最後まで言わせてもらえず「もう一度!」と被せるように榎本君が声をあげた。
ふふ、おかしいの。種付けなんかされたところで子供なんかできない身体なのに、それでも興奮するんだ。
僕は榎本君を押し倒すように肩を押して、膝立ちで彼に跨り「榎本君のこれで、僕の中にいっぱい種付けして♡」と彼の陰茎を撫で上げたら、それは更に硬度を増してそそり勃ったので、僕は嬉しくなった。
「椎野、お前、最高だな」
僕の腰を掴む榎本君の指の力が強くなった。やはり彼も普通に元気な男子高校生なのだな。色気も可愛げもない僕なんかがエロ漫画のビッチな女の子の真似事をしたくらいでここまで元気になってくれるのかと思ったら、僕は少し調子に乗って彼を煽る。
シャツの端を口に咥えて片手で自分の乳首を撫で、もう片手を後ろに回し自分の秘穴をなぞる。そこは先程榎本君が潤滑剤を塗り込んだおかげでずいぶんと滑っていた。自分でそこを広げて彼の上に跨り、彼の先端を尻で撫でる。
そう簡単に入るとは思っていなかったし、少しずつと思った刹那、榎本君にぐっと腰を掴まれ彼の息子を押し付けられた。
「っは!」
脳天を突き抜けるような衝撃、ぐりっと彼のイチモツが中へと押し入ってくる。
「まっ、待って! まだ……!」
「煽ったお前が悪い!」
僕の上体を押さえこむようにして腰を突き上げられた。乳首を舌で嬲られ、下から遠慮もなく突き上げられ、どうしようもない痛みと興奮と快感が頭を支配する。
「あっ、あっ、ダメ、無理っ! 動いちゃ……やぁぁ」
「止まれるかよっ!」
ガツガツと揺さぶられて榎本君に縋り付く。そんな風に突かれては慣れない身体は痛みを訴えてくるのだけれど、自分は上手いと豪語していた彼らしく、僕の反応を窺いつつ段々に良い所に当ててくる彼はズルいと思う。
「あっ、んっ、ひぅっ」
「ここか?」
榎本君が一度己を抜き去り、僕を押し倒して背後からまた圧し掛かってくる。それは確実に僕の急所を狙ってピンポイントで攻めてくるので僕は息も絶え絶えだ。
挿入された時と同じような衝撃が身体中を駆け巡る。それは痛みではなく、脳天を貫くような痺れにも似た感覚で言葉が出ない。
「っ……」
両腕を掴まれ引っ張られ、更に腰を叩きつけられ背筋が反った。強すぎる快感は苦痛を伴う、けれどそれは紛れもない絶頂感。僕は吐精を止められない。
「やっ、ダメ、だめぇ……」
「ダメじゃなくて、イイんだろっ、もっとイけよ!」
傍若無人な命令口調、イっているのに更に追い打ちをかけられるように刺激を受けて、頭が真っ白になった。こんな恍惚感を僕は知らない、こんな全身粟立つような刺激を受けたら……
吐精は続いているのに、更に何かが吹きだすような感覚。けれど実際には精液以外は何も出ていない。ただ白濁だけが僕の腿を濡らす。
ぐりぐりと先端を指で刺激されて、身体が跳ねた。
「もう……無理ぃ」
「この中に種付けしろって言ったの、お前だろっ! 望み通り種付けしてやるよ!」
彼の収まっている下腹部を外側から押されて、ただでさえ敏感になっている肌が粟立った。
「すっげぇ、中うねってる、俺の搾り取ろうとしてんの、めっちゃエロい」
数度深く腰を押し付けられて、小さく呻いて彼は僕の中でイったのだろう、僕はようやく終わったと身体の力を抜いた。
「なぁ椎野、もう一度、さっきのはノーカンで、俺と付き合って」
初めての情事を終えて、榎本君はまた僕に膝枕を要求する。まだ下半身は剥き出しのまま、精液は軽く拭いただけのその膝の上で仰向きになって、榎本君は僕の頬を撫でた。
「それは恋人になれってこと? それにノーカンって……」
「最初のは俺も本気じゃなかった、だけど今は大真面目に椎野と付き合いたいって思ったから、やり直し」
榎本君と付き合うって、恋人って……
「榎本君、彼女いるんじゃないの? 僕、さすがに二股は嫌だなぁ……」
「お前、俺の事そんなに遊び人だと思ってんの?」
「だって……」
榎本君はいつでも友達に囲まれていて、もちろんその中には女の子だっていくらもいる。その中の誰が彼の彼女かは分からないけど、いないなんて事ないと思うのだ。なにせ彼は人気者だし。
「この間フラれたばっかだってさっき言っただろ、やっぱ俺、チャラく見える? この髪色のせい? 実言うと、これ地毛なんだけど」
「え……」
「隔世遺伝、夏休み前までは逆に目立たないように染めてたんだよ。それなのに、生活指導でもっと黒くしろって言われてさ、ならもういっそ染めるのやめんぞ、この野郎! って。めっちゃ痛むし、面倒だし、俺も若ハゲは嫌だしさ。まぁ、そのせいで先生にはよけい目ぇ付けられたけど、もういいやって思ってな」
「でもだったら、そんなピアスとかまでしなくても……」
「ああこれ? 似合わねぇ?」
「そうじゃないけど……」
だってそれがある事で余計に悪く見えてしまう。ヒヨコ色の髪が地毛だと言うのなら、証明書を出せば納得してもらえるかもだし、わざわざ目を付けられるような事しなくてもいいと思うのだ。
「全部外して普通に整えると、仲間曰く、キラキラの王子様過ぎてウケる、だそうだ。キャラがおかしいって散々笑われた」
ああ、確かにその髪色も相まって、普通にしてたら王子様っぽく見えるかも。榎本君は背も高いし、顔立ちいいもんねぇ。
「こんな髪色のせいで今までも色々合ってさ、家族ともあんま折り合いよくなくて、家、帰りたくねぇんだ……」
ああ、それでいつも放課後ここで寝てから帰ってるのか。
「友達連中も気の良い奴等だけど、さすがに毎日家に入り浸りとか無理だろ、だからさ、夜は家出るためにバイトしてんの。俺、偉くね?」
「家に帰ってないの?」
「誰もいない時間に帰ってる」
そっか、先程見せた彼の素顔はそんな不安定な生活の表れだったんだね。
「それにしても椎野は綺麗だよなぁ……」
「僕が? なにそれ」
思わず笑ってしまった僕の手を取って榎本君はもう一度「綺麗だよ」とそう言った。
「椎野の指先から流れる音楽が好きだ、嫌な事、全部忘れさせてくれる気がする」
「買いかぶりすぎだよ、僕なんかその辺のどこにでも落ちてるただの石ころだって……」
「椎野、さっきもそんな事言ってたよなぁ。俺が好きだって言ってんだから、そこは否定しないで素直に受け取っとけよ」
伸びてきた指が僕の額を軽く弾いて、離れていく。
「で、返事は?」
「?」
「付き合ってって言ってんの、何度も言わせんな」
ああ、それ確認するくらい本気で言ってたんだ?
「いいよ」
僕は覆いかぶさるように彼に口付けた。
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