8人が本棚に入れています
本棚に追加
「…………」
畳もうと持ち上げたとき、ふわりと香る柔らかなにおいに、ほんの少しだけ頬が弛む。さっきまでのとげついた気持ちが、宥められて薄れていく。
不思議だな、と思う。どれだけいらいらした気持ちでいても、こうして彼女の気配を感じればたちまちそれは消えていく。
それは、まるで魔法のようで。
随分と浪漫的な言葉を思い浮かべた自分に苦笑しながら、立ち上がろうと左腕を畳についた刹那。
「桃? 起きた?」
扉の外から、声がした。決して高くはないけれど、透き通っていてまっすぐな声の輪郭。
その質問には答えずに、ゆっくりと立ち上がって薄紅色の半纏を小脇に抱え込む。少しだけ空いた扉の隙間から差し込んでいた光が、彼女の陰で遮られてチラつく。
きっと耳をそばだてているんだろうな、と思った時、ひとつ悪戯を思いついた。
足音を立てないように扉に忍び寄り勢いよく扉を引いた。
最初のコメントを投稿しよう!