二面性

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 キッチンダイニングで中西が食卓に着いた儘、新聞を読み、妻の沙樹が流し台に向かって食器を洗っている時だった。 「キャー!ネズミ!」と沙樹が叫ぶが早いか俎板に置いてあった包丁を取ってオーク床をすばしこく走るネズミ目掛けて振り下ろした。すると、包丁の刃がオーク床に発止と切り込み、ネズミの指と思われる小さなピンク色の棘みたいなのが刃の傍らに残った。ネズミは痛手を負うも逃げ果せたのだ。その時の沙樹の形相は般若面と言える程、鬼気迫るものがあった。抜き取られた包丁には血痕が残っていた。その包丁を手にし切歯扼腕しながら、いざとなると女は・・・嗚呼、怖ろしいと中西を脅威に陥れる沙樹であった。  その癖、沙樹は書道という静々とした趣味を持ち、筆で書を揮毫している時なぞは至って穏やかで、淑やかささえ湛え、水茎も麗しいのである。  そんな沙樹の為に中西はコロナ禍でリモートワークになって都内の勤務先に出向かなくても良くなったのを幸いに書院造の書斎がある屋敷を都外に建て都内のマンションから彼女と共に引っ越した。欄間には沙樹のたっての願いで虎の彫り物が施されておりネズミ除け効果を狙っているのだが、中西は虎はちと大袈裟ではないか、床の間にかけた、猫が描かれた掛け軸と違い棚に置いた猫型花瓶だけで十分ではないかと思うのだった。
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