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島の姫はおてんば娘
「退屈だなぁ」
カリナは窓の外をぼうっと眺めてつぶやいた。小高い丘にたつこの建物からは、青い海が見える。今日もいい天気だ。
(泳ぎたい……)
そう思うと、止められなくなった。カリナがそんな風にそわそわしているのにも気が付かず、大臣のタルマは、本を朗々と読み上げ、カリナたった一人に向けた講義を続けている。
「トチアの地理の特徴は、ご存知のとおり島であるということです。サンゴ礁の美しい海に囲まれており、魚や貝が豊富に採れます。島には様々な植物が……」
自分に酔っているようで、カリナのことは目に入っていない。
(今だ)
カリナはそうっと椅子から立ち上がると、窓枠に足をかけた。ぎしっという音にタルマが目を上げる。
「姫さま!?」
「トチアの地理を勉強するなら、この目で見るのが一番よね! 海に行ってくる!」
カリナは開いたままの窓からひらりと地面に飛び降りた。すとんっと芝生の庭に降り立つ。
「カリナさまっ!!」
タルマが怒って叫ぶのを聞きながら、カリナはケラケラと笑い丘をくだった。
一人で勉強なんて飽き飽きしていた。早く、友達と遊びたい。
丘をくだり低木の茂みを抜けると、目の前に海が見えた。砂浜に入ると、少し走りにくくてスピードが落ちる。だけどタルマにはまだまだ追いつかれそうにない。
「ルーサっ!」
カリナは大きな声で友達を呼びながら桟橋を渡った。桟橋がガタガタと音を立てる。
タンッと桟橋を蹴り、いきおいよく海に飛び込むと、シュワシュワと泡がカリナの身体を包み込んだ。泡の向こうから、何かがすごいスピードで向かってくる。
イルカのルーサ、カリナの唯一の友達だ。
ルーサはカリナが背びれに捕まると、少しスピードを落として泳ぎ、ぐるっと辺りを一周する。ルーサが海面にのぼるのと同時に、カリナもプハッと顔を上げた。
「ルーサ、迎えに来てくれたんだね」
カリナが笑うと、待ちくたびれたよ、とでもいうようにルーサは顔を押し付けた。
「姫さま! カリナさまっ!」
桟橋をタルマが大きなお腹をタプタプ揺らしながら走ってきた。
「今は勉強の時間ですぞ!? トチアの姫がそのように遊んでばかりでどうします!」
「だって、一人で勉強なんてつまらないんだもん」
カリナは口をとがらせ、海からタルマを見上げた。
「仕方ないではありませんか! 姉君のアロアさまも、姫さまと同い年のミトも、今は留学中。よって、今このトチア島には姫さまと同じ年頃のものはいないのですから」
「だったら私も留学に行きたい」
カリナがルーサを撫でながら言うと、タルマは「ですが、姫さまには大事な役目がおありでしょう」と呆れた。
「わかってる! 自分の役目はわかってる!」
タルマに言われるまでもなかった。カリナは、自分がこのトチアという島国を出られないのをちゃんと知っている。
カリナはいたずらぽくタルマに笑いかけた。
「だからさ、どうせこのトチアから私は出ないんだから、勉強も必要ないんじゃない?」
「それは違いますぞ姫さま! いくら島を出ることはなくても、トチアの自然のこと、歴史のこと、学ぶことはたくさん……」
あとの言葉は聞こえなかった。
カリナはルーサにつかまって、海にもぐってしまったからだ。
こぽこぽと水の音だけが聞こえる。
(ここは静かだな……)
目の前には色とりどりなサンゴ礁、魚たち。
(海は大好き)
泳ぎながらカリナは、頭の中でつぶやいた。
色とりどりのサンゴ礁、可愛い魚たち、信頼しあえるイルカのルーサ。青い海の中に、こんなに大好きなものたちがいる。
(トチアも大好き)
しばらく泳いで海から顔を上げると、そこには緑豊かな島が広がっていた。カリナの国、トチアは小さな島国だ。
サンゴ礁の海に囲まれる、緑豊かな島。一日あれば歩いて一周できてしまうくらい小さい島に、もっともっと小さな無人島がたくさん集まった周りの海全体が、この国トチアだ。カリナはトチアの姫として育った。生まれてから一度もここを出たことがない。
(外の世界ってどうなっているのかな。トチアとは違うのかな? 学校がどんなところなのかも私は知らない)
カリナは見たこともない他の国や学校のことを考えた。ぼんやりして、なにも具体的には思い浮かばなかった。ただひとつ浮かんだのは、何年も留学している姉アロアが、どこか知らない建物の中を、本を持ち友達に囲まれてさっそうと歩く姿だった。
(今度アロア姉さまが帰ったときに聞いてみよう。同い年の友達がたくさんいて、一緒に勉強するのってどんな気持ちなのかなぁ)
キュルルッとルーサが体を押しつけてきた。「カリナには、ボクがいるよ」とでも言うように。
「そうだね! ルーサも私の友達だね」
この島にいる動物も鳥も、魚たちも、みんなカリナの友達だった。
「私はトチアが大好きだから、ずっとここにいるよ! どこにも行かない」
カリナはそう言って、ルーサを抱きしめた。
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