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そのとき、教室でひときわ目立つ声がした。
「王女だかなんだか知らないけど、あんまりちやほやするなよ」
ぱっと振り向くと、教室の真ん中で机の上に行儀悪く座った男の子と目があった。その目は挑戦的で、ギロリとカリナを睨んでいた。
「私になにか、文句でもあるの」
思わず、怒ったような声を出してしまった。出来ればクラスメイトたちとは仲良くしたいけど……。
この人は、何だか嫌な感じ。周りを他の男の子たちが囲んでいる。もしかしたら、男の子たちのリーダーなのかもしれない。
(この人に逆らったら、どうなっちゃうんだろう)
あとから怖さが湧いてきた。だけど、男の子はカリナから目をそらす。
「お前に話してねーよ」
その男の子はフルラの方を見て冷たく言った。
「俺はフルラに言ったんだ。なぁフルラ、王女だからって世話なんて焼かなくていいじゃねぇか」
カリナと直接話すつもりはないらしい。それがよけいにイライラしてくる。フルラは困ったように微笑んだ。
「だってオール、カリナは学校に来たばかりなのよ。教えてあげないと何も分からないわ」
オールって言うのか、この人。カリナは誰にも気づかれないように、そっとこぶしを握った。
オールと呼ばれた男の子は、さらっとした黒髪に黒い目をしていた。とてもきれいな顔立ち。なのに、何かを憎んでいるような目つきの悪い表情。学校に反抗するかのように、制服は着崩している。
「学校に来たばっかりって言っても、一通りのことは出来るだろ。子どもじゃないんだから。それとも島育ちのお姫さまは、何にも自分じゃ出来ないのかな」
オールがばかにしたように言うと、周りの男の子たちはけらけらと笑った。
ガタンと音がして振り返ると、様子をうかがっていたミトが今にも飛びかかりそうにしていた。カリナは焦ってミトのマントをつかむ。
「なんだそいつ」
オールが吐き捨てるように言った。ミトは苦いものを食べたような顔をして答える。
「俺はカリナさまの守役、ミトだ」
「へぇ。お姫さまのお守り役か。お前も大変だな。田舎のお姫さまにくっついて、そんなところで突っ立ってるなんてさ」
「今、何て言ったんだよ!?」
ミトが護身用に身につけているサーベルに手をかけ、オールにとびかかろうとした。
「ミト、だめっ」
カリナがマントをぎゅうっとひっぱりながら叫んだとき、オールとの間にすっと人影が立った。
気が付くと、目の前にはマレが立っていた。
「ここまで、だよ」
マレは静かに言う。オールも他の男の子たちも、ぽかんとしている。
「マレ、お前喋れるんだな……」
「喋ったところはじめて見た」
男の子たちがひそひそ言った。マレが話すのは珍しいらしい。急にマレが振り返りカリナとミトをまっすぐ見たので、カリナはどきりとした。
「カリナ、寮に案内する。ミトも、男子寮は途中まで道は同じだから来て」
マレの目は深い茶色をたたえていた。その目を見ていると、心が静まって、吸い込まれそうになる。ミトも毒気を抜かれたようで、サーベルから手を外した。
ふっとマレの目から不思議な力が消えて、元の無表情になるとマレは教室を出た。カリナはぽかんと口を開けて立っていた。
「フルラ、早く二人を連れてきて」
教室の外から、マレは振り返ってそう言った。
「う、うん」
あっけにとられていたフルラは、やっと我に返って「こっちよ」とカリナとミトを手招きした。
「あいつ、何者?」
廊下を歩きながらミトがカリナに耳打ちする。あいつというのは、オールのことだろうか、それともマレのことだろうか。カリナが黙っていると、フルラが振り返り静かに言った。
「マレの国は、トリアンテの西の方にあったけど……実は滅びたの。だから色々苦労してる子なのよ。でもその分、心もすごく強いの」
「そうなの……」
そんな事情を抱えた子なんだ、とカリナは胸がずきりと痛くなった。国がなくなるなんて、どんな気持ちだろう。マレは気にした風もなく、どんどん先を歩いていた。
「あの、オールってやつは?」
ミトが聞く。
「オールは、なんというか……そのね、王族とか、地位のある人たちを嫌っているの」
フルラは申し訳なさそうな顔をした。何か理由があるような深刻そうな言い方だった。
「王族を? どうして……」
だからといって、初対面であんな言い方をされる筋合いはない。オールという人とは、仲良くなれそうもなかった。
「王族が嫌いだからって、初対面のカリナにあんな言い方許せない」
ミトがつぶやくと、フルラは遠慮がちにミトを見つめた。マレは何も言わず、どんどん先に歩いていく。
「オールのお父さんはね、トリアンテ皇国第二皇子付きの騎士団長だったの」
「え! 第二皇子の」
ミトが声を上げた。それこそ地位がある家の子じゃないかとカリナも思う。
「あれ、でも皇子って」
アロアが婚約したのは第一皇子と言っていたっけ。
ミトが「トリアンテ皇国には第一皇子と第二皇子がいるんだ」と説明した。
「それで、数年前の戦いで第二皇子の命に従って戦に行ったオールのお父さんが、亡くなってしまったの。それ以来、オールは王族が嫌いになったみたい」
「そうなんだ……」
「まぁ。オールの事情や、マレのこともだけど。ここにいる生徒たちのことはゆっくり説明するね」
マレのように滅びた国の元王族や、オールのように騎士団長の息子なのに王族嫌いの子、いろいろな生徒がここには集まっているらしい。
フルラは花のように笑った。
「さぁ気持ちを切り替えて! 部屋を案内するわ! とっても素敵な寮なのよ!」
カリナはそんなフルラの笑顔を見ていると不安が収まって、少し明るい気持ちになった。ミトも同じらしい。
「うん」
大人しくうなずいて、カリナとミトはフルラとマレの後に続いた。
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