嵐の予感

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「誰だっお前は!」  周りにいた世話係たちが、カリナと王を守るように立ちふさがった。 「そんなに慌てるなら、城の守りをもっとちゃんとなさいな」  落ち着いた女の声だった。誰? カリナはそっと父さまのマントをつかんだ。 「フードを取りなさい」  父さまが静かに命じる。その人がフードをばさりと払いのけると、水滴と一緒に金色の髪がさらりと流れ落ちた。 「久しぶりね」 「アロア姉さまっ!?」 カリナは思わず大声で叫んだ。まだ休暇の時期ではないはず。会えるのは次の休暇……まだ、数か月先だと思っていた。 「あらカリナ。相変わらずおしとやかにはなれてないみたいね」  アロアに言われて、あっと口を押えた。 「だって、びっくりして」 侍女や守役たちも、「アロアさまよ!」「アロアさまが帰られたっ」と嬉しそうな声をあげバタバタとアロアを迎える準備を整えはじめた。 そんな中、王はアロアに近づいていく。 「カリナが驚くのも当然だ。どうして連絡もなしに帰ってきたんだい」  王は濡れるのもいとわずにアロアをフードごと抱きしめた。 「あら、父さまはあまり驚いていないように見えるけど」 「姿を見たらすぐ分かったさ。どうしたんだい。母さまに祈りを捧げるために帰ってきたのかい」  ふんっとアロアは王の胸を突き返した。 「祈りなんてばかばかしいこと、私はやらないわよ。今日はね、報告があって戻ったの」 「祈りがばかばかしいとは、結構なことじゃ。それでもトチア王族の娘かの」  カツンと高い杖の音が響く。おばあがいつの間にか、カリナの横に立っていた。 「あら、おばあ。ごめんなさい、気に障ったかしら。大マウさまは祈ることしか、やることがないものね」 「マウの祈りはこの国の要ぞ」 「ふうん。別になんでもいいわ。私が王になれば、そんな祈りは必要ないから」  ばちばちと二人の間に火花が散る音が聴こえそうだった。カリナは大急ぎで二人の間に入る。 「そ、それより。アロア姉さまの報告って何? また学校で勉強一番になったの?」  くすっとアロアが笑ってくれ、カリナは少しほっとした。 「私が学校で首席なのはいつものことよ。いちいち報告しに帰ったりしない。今日はね、みんなにもっともっと大切な話があるのよ」 「もったいぶらずに早く言わんかい」  おばあがぼそりと言うので、カリナははらはらした。聞こえなかったのか、アロアは上機嫌のまま、王に向かってひざまずいた。 「父さま。私、好きな人ができました。婚約させていただきます」 「婚約? しかしアロア。君はこのトチアの王となる身。婚姻する相手はよく選ばなければ……」  父さまの困惑した声を遮るように、アロアはさっと立ち上がった。 「あら、申し分ないはずですわ。相手は、トリアンテ皇国の第一皇子ですもの」 「トリアンテ皇国の皇子っ!?」  父さまははじめて驚いたように口をぽかんとあけた。居合わせた全員が同じような顔をしていた。 「そ、それは、アロア様は皇国に嫁がれるということですよね? しかしそれではトチアの次期王がいないということになってしまうのでは」  大臣のタルマがおそるおそる聞く。 「あら、いるじゃない。ここに」  アロアは指さした。その先を一斉にみんなが見る。 「えっ」  アロアの指さす先はカリナだった。みんなの視線が集中しているのに気づいて、カリナはとまどった。 「私、が王? アロア姉さまが王、私はマウになってトチアを支えていくって思ってたんだけど」 普通、トチアではきょうだいの中でも祈りの力が強い方がマウ、つまり祈祷師となり、他のきょうだいが王となる。アロアとカリナはカリナの方が祈りが得意だったので、アロアが王となるために留学して政治のことや世界のことを学んでいるのだ。 「母さまも、王とマウを兼任してたじゃない。カリナならできるわ」  アロアはにっこり笑った。カリナは「え、でも母さまにはきょうだいがいなかったからで、それは特別なことだし」と焦るばかりだった。 「しかし、カリナさまは、その、王となる勉強はされていないので」  またタルマが遠慮がちに口を開く。もっと言って、とカリナはめずらしくタルマに味方するためうんうんとうなずいた。 そうだ、王になるためアロア姉さまは留学して学んでいる。カリナはマウとして祈りを担当するから、ここトチアで修行をしていて、留学はしていないのだ。勉強なんて、最低限しかやっていない。 「留学すればいいじゃない。私と一緒に行きましょう。転入なんてすぐできるから」  そんな無茶苦茶な。カリナがとまどっていると、 「あぁ、留学するのはいいことだと思うよ」  これまで黙っていた父さまが、急に言った。 「父さまっ」  カリナが驚いて顔を見上げると、父さまはにこりとほほ笑んだ。 「カリナは、島を出たことがない。外の世界を見るのもいい経験だよ」  そんな。カリナは顔をゆがめた。そりゃあ留学することに憧れを抱いたことはある。だけど、こんな急に国を出るなんて考えたこともなかったのに。 「でも、アロアの結婚を認めるかどうかは、別の話だ」 すっと冷たい声になって父さまはアロアを見た。 「分かっていますわ。それはゆっくりまたお話しましょう。今日はもう疲れたわ。休ませてもらいます」  アロアはさっと部屋を出て行き、そのあとを侍女たちが急いでついて行った。 「留学? カリナはマウとして育てているのに、そんなの許せるわけなかろう」  おばあがカランと杖を放り投げた。 「マウであったエウレカも留学していたではないですか」 王が杖を拾いながら言った。 「あの子は特別じゃ。それに、留学のせいでそなたと出会ったのだったな」  おばあは王を睨んだ。 「そうじゃそうじゃ。留学のせいで、外海の男がやってきて王になったんだ。エウレカが留学しなければ、この国の男と結婚して、まだ元気に生きていただろうに」 「おばあ、やめてよ。母さんが死んだのは病気のせいで、父さんのせいじゃないでしょ。父さまは王としてちゃんとトチアを治めているじゃない」  カリナが止めると、王はカリナの茶色い髪をさらりとなでた。 「ありがとう。だけどそれとこれは別として、カリナはどうだい? 留学をして他の国をみたいとは思わないかい」 「私は……」  すぐには決められなかった。 「ゆっくり考えてみるといいよ。アロアのことは別にしてね。王になるにしろ、マウになるにしろ、このトチアを守って行くためには外を知ることも大切なのじゃないかな。いい機会だと私は思うよ」  父さまにそう言われては、「行かない」と突っぱねることもできそうにない。 「考えてみます」  そう答えた。  城の外では、嵐がどんどん強くなってきていた。
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