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それから二晩を船で過ごすと、やがて海の向こうに大きな大陸が見えて来た。
カリナがこれから通うアンベール校がある、トリアンテ皇国だ。近づくにつれ、大きな建物がいくつも立ち並んでいるのが見える。
「うわぁ。ずいぶん賑やか」
港は大きな船がいくつも出入りして、ごった返していた。
「うん、トリアンテはここらで一番大きな国だし、このテナー港はトリアンテ皇国の玄関先だからな」
ミトがあれこれ指さして、教えてくれる。
「あれは、隣の国の船。旗を見て判断するんだ。積み荷はなんだろうな。木材みたいだなぁ」
「なんか海の匂いが違う……。気持ち悪い」
カリナは口元を押さえた。
「港だしな。トチアの海とは違うよな。大丈夫?」
「なんとか」
口ではそう言いながら、カリナはとたんに不安になってきた。海なんてどこも同じだと思っていたのに、ここの海の水はひどくにごっていた。こんなところでやっていけるのだろうか。自分が想像していた”外の世界”は全部検討違いなんじゃないか。
「馬車に乗り換えます。こちらへ」
執事の案内で、馬車に乗り込んだ。馬車は港からぐんぐん遠ざかる。潮の匂いに混じって、やがて食べ物の匂いがしてきた。
「お店がたくさんある……」
色とりどりのテントが並び、店員が愛想よく道行く人々の声をかけている。
「ここは市民の屋台がならぶ市場です」
執事が冷たい声で言った。
「そうなんだ」
馬車を降りてじっくり見てみたい、そう思ったけど、言い出せなかった。アロアがずっと扇子で口元を覆い顔をしかめていて、気分が悪そうに見えたからだ。
屋台のテントが立ち並ぶ道を通り過ぎ、今度はレンガ造りの建物が立ち並ぶ道を馬車は行く。
「こんなにたくさんの人が住んでいるのね」
トチアの島民が全員住めそうなほど大きな建物がいくつも並んでいた。
その先は坂になっている。
「アンベール校は、このあたりで一番高い場所にあります。しばらく坂が続きますがご辛抱ください」
メンセがカリナに説明した。ガタガタと急な丘をのぼる。あまりに振動がひどく、お尻が痛くなってきたと思ったとき、大きな黒い鉄の門が見えて来た。
門の上にはなにか言葉が彫ってあり、カリナは目を細めた。
”すべての者に学ぶ機会を与える”と読める。
「この学校では色々な国の、様々な身分の学生が学んでおります。みな平等に学業に取り組んでいるのです。カリナさまのような姫も、この国の市民も」
こくんとカリナはうなずいた。
馬車が近づくと、その扉はぎいと開いた。カリナたちは馬車に乗ったまま、その門をくぐる。
「学校は坂の上にあるのか。寮からの景色もよさそうだな」
ミトがつぶやいた
「うん、海が見えたら嬉しいな」
トチアのことを思い出して、カリナはそう言った。二人のおしゃべりをさえぎるように、メンセがゴホンと咳払いをした。
門をくぐった先には、芝生が広がった広い庭だった。周りには木が植えられていて、その真ん中を道が続いている。馬車がそこを抜けると、いよいよ建物に到着した。
カリナはメンセに手をそえられて馬車から降りた。
建物の正面には階段があり、それを上ると白い石で造られた広間になっていた。
「うわあ、上、すごい!」
カリナが見上げた天井はアーチになっていて、星空が描かれている。
大理石の床には世界地図が描かれていた。その真ん中にカリナたちは立っている。
この中でトチアはどのあたりなんだろう? 探してみようとしたとき、アロアが歩き出してカリナは目をあげた。
「私はこちらだから」
アロアはさっさと広間を横切って行く。
「えっ! 待って!」
カリナが呼び止めたときには、アロアはもう右側に続く廊下をコツコツと進んでいってしまっていた。
「カリナさまは、こちらには行けません」
追いかけようとすると、メンセが前にたちはだかった。
「こちらはアロアさまたち高等部生徒の宿舎です。カリナさまは初等部。初等部宿舎は左側の廊下を進んだ奥です」
「え?」
「左手に進むと初等部の東棟になります。私は高等部のエリナさま付きの執事なので、ここから先は行けません」
東棟が初等部。西棟が高等部ということらしい。
「初等部の生徒やそのお付きのものは高等部には行けませんし、高等部の生徒やお付のものも初等部へは行けません。そのため、カリナさまは西棟には高等部になるまで立ち入りできませんのでご注意ください」
「なるほど、自分の棟にしか行けないのね」
高等部のアロアとはあまり気楽に会えないのだと気づいて、一気に心細くなぅた。
「そういうことです。それでは、この先の廊下を進んだ一番奥、E組の教室へお入りください。そこがカリナさまのクラスです。あとはクラスメイト達がお世話をします」
カリナとミトが連れ立って歩き出すと、執事が「もうひとつ」と呼び止めてきた。
「ミトとやら。君はあくまで付き人だということを忘れないように。トチアや船では限られた場所で姫をお守りすればよかっただろうが、ここトリアンテでは常に気を張っておく必要がある。今までより気を引き締めたまえ」
そう言うと執事メンセは、さっときびすを返し、西棟へと行ってしまった。
「そんなこと、お前に言われなくても分かってるっての」
ミトは執事の背中に、べっと舌を出して見せた。
「やめなって、ミト」
「カリナだって、笑ってるじゃん」
ミトと二人、くすくすと笑いながら廊下を進んだ。
(ミトがいてよかった)
カリナはこっそり考える。
(アロア姉さまとはひんぱんに会えないけれど、私には幼なじみのミトがいる)
そう思うと、カリナの心は少し軽くなるのだった。
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