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私が自己紹介をした後、「私は別れたいのに彼がウンと言ってくれないんです」と話すと、沙耶さんは呆れたように首を振った。
「私のことはあんなにバッサリ切り捨てたくせに、今度はずいぶん未練たらしいのね? 彼女が別れたいって言ってるんだから別れてあげなさいよ」
私たちのテーブルの横に立った沙耶さんは、決して高身長ではないのに威圧感たっぷりに加瀬さんに言い募る。
「おまえには関係ないだろ? 余計な口を出すな」
加瀬さんはシッシッと沙耶さんを追い払うような仕草をしたけれど、その冷たい目にゾッとした。いつも穏やかな表情の裏に、こんな冷酷な顔を隠していたなんて……。
「確かに私は何の関係もないけどね。あんたの上司の山田が、今でも私の友人なのは知ってるでしょ? あんた、職場不倫したっていう噂を立てられて、今の職場に飛ばされたんだって?」
「あれは冤罪だ!」
加瀬さんがサッと顔色を変えたところを見ると、沙耶さんの予想通り、その一件が彼のウィークポイントらしい。
夕べ私と話した後、沙耶さんはあちこちの知人に電話して、沙耶さんと別れた後の加瀬さんのことを調べ上げたと言っていた。
「そうでしょうね。お父さんが浮気して出てったせいで、ずいぶん苦労したんだもの。あんたが不倫するわけないって、山田もわかってる」
加瀬さんを宥めるように頷いてから、沙耶さんはテーブルにドンと手をついて加瀬さんの顔を覗き込んだ。
「でもさ、夫婦仲が冷え切ってる女の上司の相談に乗ってやり、気があるフリして人事考課に加点してもらったのは、人としてどうかと思うって言ってたわよ。そのうえ出向先で部下と恋愛トラブルになってるって知ったら、さすがに山田も愛想をつかすんじゃない?」
グッと変な音が加瀬さんの喉から聞こえて、次の瞬間、彼は席を立っていた。
「わかったよ。そんなに別れたいなら別れてやる!」
そんな捨て台詞を残して店を出ていく加瀬さんを見送ってから沙耶さんを見ると、彼女はドヤ顔で中指を突き立てていた。
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